060 幼女、掴み取る
浜辺に取り残された『海の人』が動きを止めてしばらく、何やら思考しているのか、動き出す気配はない。
しかし、ふわりと生暖かい風が青海島の木々を揺らした直後だった。
ウナギの様なフォルムに戻った『海の人』がぐっと縮む。
ニョロッと伸びた先端部はそのままに、浜との接地部分だけがまるで球を形成するように変形していた。
水の塊のような『海の人』がみせたその姿は、いわゆる『溜め』である。
それを示すように、球体だった体がギュンと一瞬で元の姿に戻り、ウナギのフォルムを取った時には、『海の人』は青海島の木々の上に移動していた。
跳躍で空を舞った『海の人』の進行方向には、穂乃香たちが宿泊している元診療所のホテルがある。
どう『海の人』が判断したのかは不明だが、それでも目的は推測できる動きだった。
そして、それゆえに『海の人』は飛び越えようとした青海島の森の真上で迎撃されることとなる。
パァン。
高音の破裂音と共に、宙を飛んでいた『海の人』は浜の方へと撃ち落された。
そして、それをなしたのであろう小さな人影が『海の人』を追うようにして、砂浜へと着地を決める。
姿は非常に小柄で、全身を黒いウェットスーツのようなもので覆い、胸や腕、足と金属の様な光沢のあるシルバーのパーツで覆っていた。
そして、顔には大きな目のようなシルエットを描く赤い発光体が二つ並んでいる。
そのほかのパーツのバランスからして、リトルグレイと呼ばれる宇宙人のような顔であったが、見る人が見れば、そうではないと分かるものだった。
何しろその姿は、子供向け番組で絶大な人気を誇るアーマードファイターシリーズ作品『アーマードファイター・クレナイ』の主人公である『クレナイ』にそっくりなのである。
浜に立つその姿は、本来の大人の体型ではなく、小さな子供の体なので、デフォルメされた印象はあるが、それでも再現率は完璧に近かった。
『フェイスオフ』
そう小さなクレナイが口にすると、パシュッと圧縮した空気が抜けるような効果音を残して、仮面が外れて顔が現れる。
そこにあったのは、微妙に勝ち誇った表情の穂乃香の顔だった。
「すごいわね、アーマードファイターは。水中でも呼吸のできるスーツとか、番組チェックしてなかったら思いつかなかったかもしれないわ」
言いながら情報提供者であるクラスメイトの直人の顔を思い浮かべた穂乃香は、表情を引き締めて『海の人』に向き直った。
衣装は可愛くとも、スカートにマントと比較的戦いにくいプリッチの魔女服に比べ、穂乃香が新たに変身できるようになったアーマードファイターの姿は、こと戦闘においては最適である。
「一応、決めゼリフだよね」
うんうんと、これは仕方ないとばかりに頷いてから、ゆるゆると体を起こし始めた『海の人』を指さして、穂乃香はセリフを叫んだ。
「お前は俺の大切なものを傷つけた。悪いが、燃やすぜ!」
穂乃香はノリノリで言い放つ。
何しろ今世は女の子として生きる穂乃香ではあるものの、長い時を男として生きた老魔法使いの記憶も受け継いでいるのだ。
心の中にはしっかりと少年の心がある。
このシチュエーションで、やるなという方が無理であった。
「クレナイブレード!」
穂乃香が叫ぶと同時に、その手に赤々と輝く刀身を備えた一振りの刀が現れる。
「フェイスオン」
次いで発した言葉によって、再び穂乃香の頭部を守る仮面が出現した。
「いくぜ!」
そう叫ぶなり、穂乃香は躍りかかっていく。
ブォンと閃く赤い刃が、暗い世界で舞い踊り、『海の人』と接触するたびに、ジュッと蒸発音を立てて、白い水蒸気のカーテンを周囲にまき散らした。
穂乃香を救ったのはほんの一瞬の閃きの様な記憶の逆流であった。
あるいは死を覚悟した穂乃香に、脳が見せた走馬灯の一端だったのかもしれない。
だが、穂乃香はその一瞬の記憶の奔流の中で、勝機を掴み取って見せた。
数か月ほど前に聞き、そうして目にすることになった『アーマードファイター』という特撮作品は、一瞬で穂乃香の中の少年の部分を鷲掴みにする。
メカニカルなデザイン、周りに誤解されようとも自分の正義に従ってたった一人で戦い抜くヒーローの渋くてかっこいいストーリーは、穂乃香を虜にするには十分なほど魅力にあふれていた。
だが、で、ある。
この作品に没頭するにはいくつかの問題があった。
まずは穂乃香自身は少女であり、友達も必然女の子が多くなる。
そうであれば、話題もどうしてもそちらに偏るので、そもそもが縁遠いという事実だ。
もちろん奈菜やみどりは穂乃香が好きだといえば、一緒に楽しんでくれるかもしれないが、ここで変に大人の部分が騒ぎ立てる。
穂乃香は割と真剣に『彼女らの好みの形成に影響を与えるのはよろしくない』と考えている。
それゆえに、あえて二人にもクラスの子にもアーマードファイターの件は触れていないのだが、そもそも穂乃香の『プリッチ好き』が影響を与えているという考えには至れないのが、彼女らしいと言えた。




