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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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059 幼女、絶叫する

 砂浜の上で手足を動かし続けるみどりのネグリジェは砂だらけになり始めている。

 そこで、今更ながらに浜に抑えておくのはいけないと、穂乃香がみどりの体の移動を考えた時だった。

 ザバッと大きな水音を立てて、海から何かが姿を現す。

 ゆらりゆらりと左右に大きく揺れながら、海からを穂乃香たち目掛けて、歩くようにゆっくりと近づいてきたそれは、墨で描いたように真っ黒だった。

「今度は、さしずめ、海の人?」

 穂乃香は唇の端を引きつらせながら、みどりを正面から抱きしめ、背中に腕を回して抱え込むと『飛翔』の魔法で一気に浜から遠ざかる。

 だが、一気に飛び去っていく景色の中に、穂乃香が妙な違和感を感じた直後だった。

 右足首にびちょりと何か冷たく濡れたモノが巻き付く感触とともに、飛翔の効果が霧散する気配を覚え、穂乃香は慌てて砂場にみどりを投げ落とす。

 咄嗟に砂浜とみどりの間に空気のクッションを魔法で作り上げた穂乃香だったが、結果、自分の防御がおろそかになり、グンと右足首に絡みついた何かを引かれ『海の人』から離れるために放った『飛翔』の魔法よりも早い速度で海が迫ってきた。

 本来、空気の膜で体を覆っているからこそ高速移動に耐えられていたのに、解除された今、穂乃香を守るものはほぼ無いに等しい。

 軽減できない空気の壁にぶつかる衝撃と、体にかかる通常をはるかに超えるGが、容赦なく穂乃香の意識を刈り取ろうとする。

 薄れかかった意識の中で、咄嗟に自分がこのまま海に落ちればどうなるのかを思う。

 助けに来たはずのみどりを救えない可能性が高く、海に落ちて意識を失えば、自分も被害者になってしまうに違いなかった。

 奇しくも、ゆかりに自分の身も案じなさいと諭されたばかりなのに、と、己の無策が歯がゆい。

 自分の至らなさに嫌気がさしたところで、穂乃香の足から巻き付いた何かの感触が離れた。

 それでも海の上を滑空する穂乃香の速度は変わらない。

 穂乃香は邪魔者として海の上で投げ捨てられたのだ。

 そして、邪魔者を排除した『海の人』は、予想通りに浜へ向かって動き出す。

 おそらく、みどりに手を出すつもりなのだろうが、空を飛ばされていく穂乃香は、なぜか『飛翔』の魔法を制御、発動することができなかった。

 穂乃香の視界の端には、迫る真っ暗な海が映り込み、タイムリミットまでの時間がわずかしかないことを告げている。

「どうすればいいのよ!!!」

 穂乃香が叫んだ直後、ほんの数瞬の時をはさんで、海中に小さな水柱が立った。


 穂乃香という異物を排除した黒い塊は、ゆらりゆらりと左右に揺れながら、再度海から浜へと移動を開始した。

 進む先には、いまだ砂浜の上で仰向けに横たわったままで、手足を動かし続けているみどりの姿がある。

 みどりは前に進もうとして、手足を動かし続けていたが、そこに彼女の意識はなく、ただ機械の様に与えられた指示をこなしているだけだ。

 そのせいで、立ち上がるという人間としては当たり前の動作すらとることができない。

 そんなみどりだったが、黒い塊が近づくにつれ、行動に変化が訪れた。

 ただやみくもに動かしていた手足の動きが徐々に緩慢になっていく。

 そして、傍らに『海の人』が立ったところで、みどりはぴたりと動きを止めた。

 みどりのうつろな瞳は黒い空を写し、わずかに月が映り込む。

 その瞳でできた鏡の中に、ぬぅっと歩み寄っていた黒い塊の、穂乃香が『海の人』と呼んだそれの姿が映り込んだ。


 みどりの脇まで移動を終えた『海の人』は、海からにょきりと伸びた太いうなぎの様だった。

 黒いうなぎのような体は海とつながったままで、動くたびにその体内に気泡が現れては、上へあがり消えていく。

 まるで、海が生やした触手の様な存在であった。

 気泡が見えるその体はおそらく海の水で構成されていて、本来は無色透明に近いであろうに、なぜか黒い。

 顔らしき部分が構成されていないので、進行方向などで、どうにか向きは推測できるが、あくまで、推測に過ぎないので、普通の生物の視点での分析が可能かどうかは怪しかった。

 そんな『海の人』の体がみどりを前にして、パカリと開きにされたウナギの如く左右に開く。

 そうして、ひらいた『海の人』の中から、うぞうぞと無数の触手が伸び、みどりへと迫り始めた。

 が、その怪しく蠢く不気味な無数の触手は、みどりに至ることなく、ジュウッとアツアツの鉄板に落とされた水の様な断末魔の声を上げて霧散していく。

 みどりに向かって伸ばしていた『海の人』の触手が急激に蒸発したことで、周囲には白い水蒸気があふれ出し、浜は視界がほぼない真っ白な状態へと塗りつぶされた。

 その真っ白な世界の中で『海の人』とは違う黒い小さなヒト型が動く。

 ややあって、砂浜から水蒸気が晴れた時には、そこには触手を蒸発させられ、ただたたずむだけの黒い水の塊『海の人』だけが取り残されていた。

 みどりが転がっていた砂浜に、まるで呆然としているように固まっている『海の人』の途中で途切れた触手から、ポタリポタリと液体がしたたり落ちる。

 その何のアクションも起こさなくなった『海の人』の周囲では、寄せては返す波の奏でる音が響いていた。

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