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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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055 幼女、絶句する

「穂乃香ちゃん、一人で大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ、ゆかりお姉ちゃん」

 部屋に備え付けられたユニットバスのシャワーを浴びながら、締め切らずにわずかに開けられた扉から顔をのぞかせるゆかりに、穂乃香は笑顔で答える。

 砂浜で砂をいじっていた穂乃香は、夕食前に砂を落としてさっぱりするためにシャワーを浴びていた。

 もっとも、それだけではなく、あの奇妙な出来事についても考察をするつもりである。

 それには一人の方が都合がいいので、ドアを開けてという条件付きで、一人でシャワーを浴びることを許してもらっていた。

 今晩はここにゆかりと共に、もしかすると、みどりや奈菜も泊まりに来るので、一人の時間というのはそう簡単には得られそうにない。

 そう判断した穂乃香は、多少強引でも考える時間を確保するよう動いていた。


「まず、あの時は、時間の感覚がおかしくなっていたわけではなかった……と、思う」

 ゆかり達五人、もしかするとエリー達も含めると、もっと多くの自分を除く人間が動きを止めていた。

 だが、その間でさえ波の音は聞こえている。

 つまり、穂乃香の時間が急激に引き延ばされたり、あるいは時間が止まったりというたぐいのものではないと穂乃香は推測していた。

「どっちかって言えば、皆が固まってた……よね」

 根拠は奈菜の手である。

 つないだままの形で固定された手は、穂乃香が手を引き抜いたにもかかわらず、その場でわずかにずれることもなく静止していた。

 そのことに意識を奪われていたので正確ではないが、おそらく風があったのに、五人は髪の毛一本揺らがなかったと、穂乃香の記憶は訴える。

 そして、その異常な状況は、魚が跳ねる水音のようなものをきっかけに消え去った。

「うーーん。やっぱり、海だよねぇ」

 シャワーの熱いお湯を浴びながら腕組みして唸る穂乃香に、再び顔を出したゆかりが困った顔で問う。

「あの、穂乃香お嬢様、やっぱり私も入ります」

「え?」

 言うなり裸で入ってきたゆかりによって、なし崩し的に、屋敷と同じように体を洗われ、穂乃香の思考時間は終わりを迎えた。


「うーーーん、いい匂い~」

 目の前に配膳された椀の蓋を開けながら、穂乃香は香りを楽しむ。

 その横では、穂乃香の様子を見ていたみどりも同じように椀を自分で開けようとして、由紀恵に手を差し伸べられていた。

 一方で、奈菜は加奈子に見守られながらおっかなびっくり、蓋を回転させて椀を開ける。

 ふわりと抵抗がなくなり、椀の中身が見えた瞬間、顔をほころばせた奈菜の様子に、穂乃香は目を奪われてしまった。

 結果、傾いた椀を素早く手を伸ばしたゆかりに支えられ、穂乃香は苦笑を向けられてしまう。

「詰めが甘いですよ、穂乃香ちゃん」

「……面目ない」

 コトリと目の前に落としかけた椀を置かれ、穂乃香はわずかに肩を落とした。

 それをしっかりと見ていたみどりが「だいじょうぶだよ」と励ます。

「みどりは、ほのかちゃんとちがって、じぶんでふたあけれなかったもん! ほのかちゃんもななちゃんもすごいよ!」

 そう力説されてしまうと、穂乃香も奈菜も頬を染めた。

 もっとも恥ずかしさを刺激された穂乃香と、やり遂げたことを称賛された奈菜では、頬を染める理由はまるで違っていた。

 それでも、これが呼び水となって、和気あいあいとした食事が始まる。

 この日一日の出来事を振り返りながら、笑顔を交えて語り合う一時は、とても楽しいものだった。

 それゆえに、穂乃香は誰に言うでもなく、むしろ自分でも気づかないうちに呟く。

「大勢で食べるのはやっぱりおいしい」

 隣に座るゆかりにしか聞こえない程のそれは、まさに穂乃香の本心であると、彼女に確信させるには十分な声だった。

 ゆかりは思いがけず耳にした穂乃香の言葉に動きを止め、ゆっくりと目を閉じる。


 まだ幼いのに、身近に血縁者のいない生活を穂乃香は送ってきた。

 そんな現状に関して、穂乃香は不満も寂しさも訴えることはない。

 穂乃香が見せるのは、大人のような妙に冷静な思考と、大人顔負けの行動力、誰もが扱えない魔法さえも使いこなす姿だ。

 だが、その反面、子供らしい浅はかさや詰めの甘さも持ち合わせている。

 普段の狡猾さに隠れて、それらは鈍感に見せる演技の一環だと思っていたゆかりだが、果たしてそうだろうかと、水に落とした墨汁の様にじわじわと広がってくる黒い何かに、危機感を覚えた。

 甘えたい盛りに、周りに血縁者がいない少女が、年齢にそぐわない大人顔負けの振舞いをするからと言って、大丈夫だとなぜ言えるのかと、ゆかりの心に太い針が突き刺さる。

 母と楽しそうに笑顔を交わす友人を見て何も思わないわけがなかった。

 だからこそ、自分は『母』や『姉』と試行するように、小さな主人に呼ばれたのではないかと思うと、ゆかりは自分の至らなさに愕然とする。


「穂乃香ちゃん」

 急に名前を呼ばれて、穂乃香は跳ねるように顔を上げる。

「ゆ、ゆかり……さん?」

 思わず普段の呼び方で、その名を呼んでしまったのは、姉妹ゴッコを忘れさせてしまうほどの衝撃を、穂乃香を呼ぶ一声が与えたからだ。

「そんな他人行儀に呼ばないで欲しいかなぁ」

 ゆったりと笑うゆかりの言葉に、これまでのどこか演技めいた、あるいはからかうような色は一切含まれていない。

 それを即座に察した穂乃香の大きく見開いたままの瞳が、部屋の照明の明かりを受けてユラユラと揺れた。

 言葉の外に、立場、血縁、といったしがらみの言葉を並べた上で、穂乃香なら察せるだろうと、音にはせずに、続く言葉だけを、ゆかりは並べる。

「穂乃香が私でもいいと思うなら、私を姉や母と思ってください」

 その真剣さの籠ったゆかりの一言に、穂乃香は何も言えなくなってしまった。

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