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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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054 幼女、異変に出会う

 元診療所のホテルから砂浜へ続くレンガ敷きの遊歩道は、生い茂った木々の中を縫って続いていた。

 さわさわと風に揺れる葉が触れ合いながら立てる音が、徐々に浜に押し寄せる波の音へと変わっていく。

 ひんやりとした木々の間を抜ける風が、わずかに熱気を孕み始めた。

「穂乃香おじょ……穂乃香ちゃん」

 先頭を行くゆかりが、木々の切れ目に気付いて振り向きながら、いつもの調子で声をかけたところで、自分を見る5対の視線に慌てて言い直す。

「そ、そろそろ浜に抜けますよ」

 わずかに頬を染めつつ、そう告げてから視線を前に戻した。

 それでも、穂乃香とつないだままの手は離さない。

「慣れないから不思議な感じがするけど、でも、なんだか嬉しいな」

「穂乃香おじょ……穂乃香ちゃん」

「本当に口癖になってると、意識しないと難しそうね」

「面目ありません」

 どこかぎこちない姉妹ゴッコをする主従の様子を見ながら、みどりと奈菜のそれぞれの母娘は、笑みを交わし合った。


 繰り返し響く波の音が、海を駆け抜けてきた風に乗って、穂乃香の長い髪を揺らしながら耳元へ届く。

 船で島へと渡ってきた穂乃香は、潮の香りには慣れてしまっていたが、わずかにべたつく風がここが海なのだと主張していた。

「これがうみ!」

 嬉しそうに両手を上げたみどりに、穂乃香が笑いかける。

「え、みどりちゃん、ずっとお船で海を見てきたじゃない!」

「うん。でも、おすなのあるところははじめてだから!」

 コクコクと穂乃香の言葉に頷いてから、浜に来たのが初めてだとみどりは返した。

「そう言われると、私も浜は初めてかも……」

 ぱちくりと瞬きをしながら、穂乃香は砂浜に視線を向ける。

「ほのかちゃんも、はじめてなんだ!」

 嬉しそうに笑顔を見せるみどりの横で、奈菜が首を傾げた。

「でも、なんだか、穂乃香ちゃん、初めて見た人って感じがしないね」

「え?」

 奈菜の指摘に、穂乃香は言葉を詰まらせる。

 何しろ、穂乃香自身はなくとも、前世では海岸を訪れたことは幾度もあった。

 経験としては済ませていることばかりなので、意識していないと穂乃香としての初めてを見落としがちになっている。

 そのうち大きな失敗をしそうだと自覚しながら、穂乃香は頭を掻いた。

「うーん。さっきまで海の上で、大きいなぁって思ってたし、みどりちゃんが喜んでるのを見たら、なんだかそれがかわいく思えちゃって、ついつい忘れちゃった」

 少し照れ臭そうに言う穂乃香に、奈菜は「みどりちゃんにはつられちゃうかも」と笑いながら頷く。

 一方でみどりは「みどり、かわいい?」と穂乃香の評価に嬉しそうに笑った。


 夕暮れが近く、西の空が茜色に染まってくる浜辺で、穂乃香たち三人は砂で山を作って遊んでいた。

 そこへ、ゆかりが保護者三人を代表して声をかける。

「穂乃香ちゃん、みどりさん、奈菜さん、そろそろお日様が沈みますよ~」

 言われて穂乃香が手についた砂を払いながら立ち上がった。

 その視界に赤い光に染まる遠方の雲と、湾を囲う防波堤のかなたに広がる水平線が映る。

「きれ~~~」

 穂乃香に遅れて立ち上がったみどりが、そう呟いて夕日に目を奪われた。

「すごく綺麗ですね」

 次いで奈菜がさりげなく穂乃香の手を握りながら、より赤みを増していく西の空に視線を向ける。

「うん。綺麗」

 穂乃香も二人の意見に同意して、沈み行く夕日に注意を向けた。

 そうして、夕日を見つめる穂乃香たち三人のすぐ後ろに保護者組は近づいてくる。

 六人は言葉を発することなく、西の空へと沈む夕日を見送った。


「さあ、帰りましょうか?」

 完全に海のかなたに太陽が消えたところで、穂乃香は振り返りつつ、一同に声をかける。

 だが、穂乃香の言葉に対して反応を返すものは一人もいなかった。

「みんな?」

 キュッと胸を締め付けるような不安に、穂乃香は慌てて全員の様子を見渡す。

「奈菜ちゃん? みどりちゃん? ゆかりお姉ちゃん? 由紀恵さん? 加奈子さん?」

 慌てて全員の名を口にした穂乃香だったが、やはり誰からも返事はなかった。

 さらに詳しく全員の様子を探ろうと動き出すが、そこで感じた感触で、穂乃香は奈菜に手を握られたままなことに気が付く。

 だが、そこに違和感があった。

「奈菜ちゃん?」

 恐る恐る声を掛けつつ、奈菜とつないだままの自らの手に視線を向ける。

 そして、するすると後ろに手を引くと、その場には握った形のまま固定された奈菜の手だけが残った。

「これは……え、エリーさん?」

 思わず穂乃香はこの場にいない人物の名を呼ぶ。

 普段なら、ものの数十秒で姿を見せるか、声が返ってくるエリーに、目の前の異常事態の対処を相談しようと、穂乃香はその名を呼んだ。

 だが、エリーからも、なんの反応も返ってこない。

 穂乃香しか、動く者のいない世界で、波の打ち寄せる音だけが響いていた。

「何が起きてるの?」

 そう声に出した穂乃香は、周囲の状況を探ろうと魔力の探知を始めようとしたタイミングで、海の中から何かが飛び出して跳ねたようなバシャンという水音が響く。

 慌てて音のした方へ振り向く穂乃香だったが、その原因を目にすることはできなかった。

 代わりに、穂乃香の耳にゆかりの声が届く。

「そうですね、すぐに真っ暗になってしまいますから、帰りましょう」

 振り返ると何事もなかったかのように微笑む五人の姿があった。

 唯一、いつの間にか自分の手からすり抜けた穂乃香の手の感触に、奈菜が戸惑いの色を滲ませている。

 穂乃香の中には明確な戸惑いがあったが、それでもこの場にとどまるよりは状況を変えた方がいいと判断して、笑顔を作ってゆかりに頷いた。

「夕飯は何かな、ゆかりお姉ちゃん?」

「海の幸をふんだんに振る舞ってくれるそうですよ」

「さすが、海に浮かぶ島ね」

 穂乃香はさりげなく奈菜とみどりと手をつなぐと、慌て過ぎないように心掛けて、やや足早に歩き出す。

 それに続いて保護者組も歩き出した。

「ほのかちゃん、どうしたの?」

 やや早めの足取りに気付いたみどりが、少し心配そうに声をかけてくる。

 それを微笑みで受け止めてから、穂乃香は「夜の海は怖いからね」と返した。

 ザアアと押し寄せる波の音だけが、去り行く六人の背で響く。

 そうして、来た時と同じ音のはずなのに、下駄が奏でるどこか寂しげな音を響かせながら、六人はホテルへと向けて戻っていった。

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