053 幼女、浜へ向かう
「うんうん、似合ってるね」
穂乃香、みどり、奈菜に続いて、エリーたちによってメイド服を脱がされたゆかりは、浴衣姿になっていた。
白地に竹という渋い模様だが、背が高いゆかりには大変よく似合う。
さらに綺麗に結い上げられたゆかりのうなじが、メイド服以上に独特の色香を纏っていた。
「さすが、私のお姉ちゃん!」
満足そうに頷く穂乃香に、ゆかりは少し困ったような表情で「どうもその呼び方は落ち着かないのですが……」と本心を告げる。
対して穂乃香は少し悲しげなまなざしでゆかりを見つめながら問うた。
「ゆかりお姉ちゃんは、私が妹じゃ嫌?」
穂乃香のセリフに、ゆかりは露骨に嫌そうな顔をしてから溜息をつく。
「その質問はズルイですよ。嫌なわけがありません」
「よかった」
穂乃香の満足そうな笑みに、ゆかりは完全に毒気を抜かれてしまった。
よくよく考えれば、いかに頭が回り、規格外だといえど、小さな女の子なのだと再認識させられたゆかりは、思わず穂乃香に腕を回して抱きしめる。
「な、何ですか、ゆかりさん!?」
急なスキンシップに慌てる穂乃香に、今度はゆかりが仕掛けた。
「あら、姉妹のスキンシップじゃないですか、それに、妹の『穂乃香』が、私をさん付けというのは他人行儀ではありませんか?」
耳元で響く、ほんのわずかゆかり自身の熱も籠ったささやきに、思わず頬を染めながら、たどたどしく穂乃香は「ゆかりお姉ちゃん」と口にする。
直前にゆかりをからかうために口にした時とはまるで違う言葉の響きを感じて、ゆかりも、それを口にした穂乃香自身も妙に照れ臭かった。
「ここしばらくは、晴天続きだそうですから、海水浴は明日にして、本日は浜の散策などをされてはいかがですか?」
いったん部屋を後にして、一階のロビーに移動した穂乃香たち6人によく冷えた麦茶を配り終えたところで、支配人でもある板倉がそう提案してきた。
「浜ですか?」
「はい、青海島の浜はそれほど広くはありませんが、湾状になっていますので波は穏やかですし、浜の砂も白くて海水の透明度も高いですから、大変美しいですよ、穂乃香お嬢様」
板倉は少し強めの口調でアピールするが、そこかしこから感じる自信に、穂乃香の期待も盛り上がる。
「それはぜひ行かないといけないわね、ね、ゆかりお姉ちゃん?」
「そ、そうね」
部屋での呼び合いには慣れたものの、そのやり取りに初参加であり、榊原家の使用人である板倉の前で、穂乃香にそう呼ばれたことに、ゆかりは思わず身構えた。
だが、榊原家で支配人というある一定以上の役職を与えられている人間に無能などはいない。
穂乃香の態度から問題ないと判断するなり、板倉は目を閉じて、何も言わない旨をゆかりに伝えた。
その微妙な空気の機微を読み取ったのか、すかさず由紀恵が口を開く。
「ぜひ、私も見てみたいわ、支配人さん」
声を発することで周囲の目線を集めた由紀恵は、そう言って柔らかく微笑んだ。
ついで、その膝の上に座っていたみどりが、ハイッと手を上げる。
「みどりも! みどりもみたい! ね、奈菜ちゃん?」
元気に宣言したみどりは、すぐさま自分たちの横で、ひとり椅子に座る奈菜に同意を求めた。
先に浴衣を着てしまった後で、奈菜が泣いてしまった件は、みどりに積極的に奈菜へ声を掛けようと意識づけるきっかけとなり、早速実践している。
そんな気を遣われる立場となった奈菜も、みどりの気遣いに素直に頷いた。
一人で悶々と抱え込むよりも、口にしてしまった方が楽しくできると悟ったし、なによりも穂乃香もみどりも、兄たちとは違って自分を除け者にしない。
その信頼が、奈菜にまた新たな自信を芽生えさせていた。
「私もみどりちゃんや穂乃香ちゃんと見に行きたい!」
そう力強く宣言した奈菜に、予想外のツッコミが降って来る。
「あら、お母さんは?」
くすくすと笑いながら『からかってますよ』と態度に示して、問いかける加奈子に、奈菜は目を丸くして驚いた。
次いで、面白がって由紀恵も参戦する。
「あー、新しくお友達になったばかりの、由紀恵ちゃんも忘れないで?」
「え、え……え~」
自分とみどりの母親にからかわれて、奈菜は「え」だけしか言葉にできずおろおろとうろたえてしまった。
もっとも、奈菜自身はどう答えたらいいか、答えが見つからないだけで、不安も不快感もそこにはない。
そこへ『困った大人たちだ』と苦笑まじりに穂乃香が口を挟んだ。
「そんな意地悪で奈菜ちゃんをいじめないで、皆で行けばいいし……というか、みんなで行くに決まってるじゃない!」
呆れたと言わんばかりの態度で、加奈子と由紀恵中心に言い切ってから、穂乃香はニッカリと白い歯を見せて笑う。
それに対して、由紀恵は「はーーい」ととぼけた調子で返事を返し、加奈子は「からかってごめんね、奈菜」と優しく奈菜の頭を撫でた。
それからひとしきり笑い合ったところで、一行は板倉の案内で赤く染まり始めた空の下、事実上のプライベートビーチと化している浜へと向かう。
浴衣に合わせて用意された下駄が、レンガの敷かれた遊歩道を踏むたびに独特の軽やかで涼し気な音を立てた。




