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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第一章 幼女と新たな人生
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005 幼女、体験入園する

 藤倉あかねは子供のころからの念願であった保育士として、母校である聖アニエス学院幼稚舎に勤務する新人職員だった。

 当然、幼稚舎で一番の新人である彼女に、いわゆる発言権というモノはないに等しい。

 ほんの少しのミスでも、命取りになりかねない特別な少女の入園が決まり、さて、その担当はとなった時に、白羽の矢が立ったのは、ある意味では必然だった。

「おめでとう、君には三年間、榊原穂乃香さんの担任を務めて貰いたい」

 そう告げられた時、あかねはすぐに血の気が引いていくのを感じた。

 決して要領がいいとは言えないあかねは、自分自身の評価があまりよくないことは察していた。

 ほんのわずかなミスでもおかせば、失職待ったなしだ。

 全力で断りたい。

 断りたいが、あかねにできるのは「わかりました」と縦に首を動かすことだけだった。


「皆さん、今日は特別に、皆さんと一緒に勉強する子が来ています」

 あかねがそう言って紹介したのは、噂の爆弾少女『穂乃香』である。

 制服から制帽に至るまで、きちっと着こなして、足元には赤いラインの入った真新しい真っ白のバレエシューズがきらりと輝く。

「榊原穂乃香と申します。今日一日よろしくお願いいたします」

 緩やかな口調で、あかねが促すまでもなく、穂乃香は丁寧にお辞儀をしてみせた。

 思わずその所作や、きちんとした挨拶をした穂乃香に驚いて、あかねが目を奪われていると、かわりに他の園児、穂乃香の先輩たちが口々に「よろしく」と返事を返していた。


 警戒をしていたのが嘘のように、それからは至極スムーズに進んでいった。

 まず、制服のままで全員が席について行う学習は、クラスでも積極的な女の子たちが、早速とばかりに穂乃香を招いて一緒に席に着く。

 物珍しさもあって、先輩風を吹かせながら、女の子たちがいろいろと世話を焼いているのだが、さすがに小学校入学前の子供なので拙い。

 洗練された使用人に囲まれているであろう穂乃香がそれを拒絶するのは、時間の問題と構えていたあかねだったが、実際にはそうはならなかった。

 拙くても一所懸命な説明に的確に相槌を打って、お礼を口にして優しく微笑む穂乃香に、怒る気配など微塵もない。

 それどころか素直に話を聞いて、お礼も言って、時には褒めてくれる穂乃香に、完全に周囲の子たちは乗せられていた。

「こ、これが、人の上に立つ者の風格……」

 戦慄を覚えて、知らずに壁まで後退った体が壁にぶつかって、更にビックリするあかねだったが、そんなことはお構いなしに穂乃香を囲む輪は大きくなっていった。

 これはこれで収拾がつかなくなると、体を起こすと、それよりも早く穂乃香が口を開いた。

「皆が教えてくれてすごく嬉しいです。でも、皆に教えてもらうと、あかね先生が困っちゃいますし、皆のお勉強が進まなくなっちゃうので、私、心配です」

 目をウルウルと潤ませながら、穂乃香は眉を寄せてハの字にすると、胸の前で手を組み合わせる。

「なので、自分のお勉強が終わってから、教えてください。お願いします」

 ぺこりと穂乃香が頭を下げると、周囲の園児たちは互いに顔を見合わせ始めた。

「えー、でも、穂乃香ちゃんに教えてあげたいー」

 場を収めてくれそうな雰囲気に、一人の女の子が水を差した。

 あかねは心中でなんてことを!と叫んでいたが、その間にも穂乃香が「嬉しいです」とその言葉を受け止めていた。

「嬉しいんですけど、えと、ご自分のは終わってるのかなーって気になっちゃうんです」

 困り顔の穂乃香に、教えてあげたい宣言をした女の子は、自信満々に自分の課題を掲げた。

「なら、大丈夫だよ、私、終わったもん!」

 その言葉に、穂乃香は柔らかく微笑んで「じゃ、じゃあ、教えてくださいますか!?」と少し食い気味に言葉を返した。

「うん!」

 すごく嬉しそうに返した女の子の手を取って、穂乃香はすかさず「ありがとうございます」と礼を口にした。

 そのお陰で、ますます得意げになった女の子は、穂乃香の手を引いて、自分の席へと連れて行くと、早速とばかりに勉強を教え始めた。

 穂乃香は大きなリアクションで、先輩の女の子の指導に頷きながら課題を始めると、他の子たちも慌てて席に戻って課題に取り組み始める。

「あ、あれ?」

 取り残されたのは、唯一、あかねだけだった。


 課題が終わると、今度は体を動かす授業なので、制服から体操着へ着替えることになる。

 既に慣れている他の園児と違い、穂乃香は手間取るだろうと予測していると、普通に着替え終わったグループの中に穂乃香は混じっていて、それどころかお着換えが苦手な子の手伝いまでしていた。

「す。すごいけど……年齢詐欺?」

 およそ三歳とは思えない対応力に、あかねは首を傾げながらも、深く考えないことにした。

 そうして空っぽの心のままで迎えたお遊戯の練習でも、穂乃香の異質さはいかんなく発揮される。

 保護者を集めて披露するお遊戯会用のダンスを見学していた穂乃香が、なんと、一通りの動きを見ただけで、あっさり参加してしまったのだ。

 いかに単純とは言えど、普通は一度で覚えられないことくらいあかねも実体験で理解している。

 だから、繰り返し繰り返し練習をしているのだ。

 もちろんそれは、できない子ができるまで続くので、できた子たちは繰り返しに不満を抱いてしまっている。

 なのに、穂乃香と来たら平然と混じって踊っているのだ。

「大丈夫、大丈夫、あの子は私の味方……ん!? そうだ、味方だ。ならすごく心強いじゃない!」

 あかねは自分の中の大発見に顔を綻ばせると、大きく頷いて笑顔の花を咲かせた。

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