046 幼女、魔法の研究を進める
「火の魔法は、これまでと同じ……かしら?」
指先から、ライターの炎の如く、縦に伸びる炎を出したり消したりしながら、穂乃香はつぶやく。
昨日こっそりとお風呂につかりながら、水中で火の玉を出そうとしたら、何か泡がポコポコと指先からあふれ出しただけで、炎にはならなかった。
「火とは熱と光を出す燃焼反応であり、燃焼とは激しい酸化現象である……か……」
穂乃香は少し困ったように頭を掻きながら、火についての説明を指でなぞる。
途中、文字が大きくなったり、ページが動いてしまったのはご愛敬だ。
「科学って、すごいわ……」
しみじみという穂乃香とて、かつての世界において魔法を現象として捉えているし、分析も重ねている。
それでも、化学現象として整理された情報は、驚愕の事実の連続であり、穂乃香にしてみれば禁断の知識の扉を開いた気分だった。
これまでは異世界から可燃性のガスを引き出して燃やしているのが火魔法で、それだけがすべてだと思っていたのに、燃焼には酸素が必要なのだと知ったことで、水中で使えない理由を具体的に理解でき、お陰で穂乃香の知識は一歩進んでいる。
風魔法などはより顕著で、大気に働きかけるという言葉の意味を、空気に魔法で密度差をつけることで、高密度から低密度の領域に大気を動かすことで風を生じさせているのだと、穂乃香は学んだ。
それらは量で言えば補足ともいうべきささやかな知識の追加に過ぎなかったが、しかし、そのささやかが原理の分野であれば話は違う。
魔法が何に対して、どう働きかけて、どんな効果を現すのかという魔法に対してのイメージや具体化は、その精度や威力に強く反映する要素だった。
ゆえに、穂乃香は既に『水中で』炎を出すことができる。
水中に含まれる大気中よりも微量な酸素を集めてから可燃ガスを生み出すことで、火魔法を発現させたのだ。
そして、これが出来たことで、穂乃香は更に大気中の酸素も集め火力を上げることにも成功している。
もっとも、ほんの少し集めただけで、前髪を焦がしかけたので、穂乃香はこれを封印することにした。
「ほんのちょっとで、アレだから、集め過ぎたら……」
思わず背筋が冷たくなるのを感じつつ、穂乃香は苦笑する。
風魔法は、大気の密度を変えることで生み出すという原理は衝撃的だった。
これまでは大気を押し出して風を起こす魔法だと認識していたのに、目標地点の大気の密度を減らすことでそちらへと大気を誘導し、風を起こしていたのだという全く逆の原理には、穂乃香も呆然とするしかなかったのは、仕方がないと言える。
これほど常識と正反対の真実を秘めた魔法だったが、しかし、これまで魔法が発動していたのは事実であり、その発動で培った魔法原理は大変応用の効くモノだった。
火魔法の材料の一つと知った酸素を集めるのは、大気の密度を操作する能力の応用だし、水中でも同様に酸素を集められるようになっている。
さらには、顔の周りに大気の塊をまとわりつかせることで、穂乃香は水中でもしばらく潜っていられることとなった。
もっともこの実験をお風呂で実践したところ、かなり浴槽の中に潜っていたせいか、ゆかりさんが慌てて飛び込んできて大騒ぎになってしまったのは記憶に新しい。
これまでの経験と前世世界の学術的知識に加え、この世界における化学と物理という知識が加わったことで、穂乃香の魔法はこれまでとは格段に進化することとなった。
伝説とまで言われた氷結の魔法も、指の先に生じさせた小さな水球を凍らせることから始まり、今では風呂の表面に薄氷を張るくらいは簡単にできるようになっている。
だが、木製の榊原家の浴槽は、急激な温度変化に追いつけず、破損するという残念な結果に至っていた。
まさか魔法を使っていたというわけにもいかず、非常に困った穂乃香を、破損発覚後に誰も咎めなかったことに、穂乃香は一時安堵する。
だが、穂乃香には持ち前の正義感があり、それが彼女の中で大きなしこりとなった。
穂乃香は罪に問われることも罰せられることもなかったけれど、誰かのせいになっているのではないかという考えが、不意に沸き起こる。
すると、根が真面目であり、まだ幼い体ということも相まって、穂乃香は浴槽破壊の件で数日夢でうなされることとなった。
これでは体がもたないと、恐る恐るゆかりに切り出したところ「形あるものはいつか壊れてしまうモノです」と返され、責任を負わされた者がいなかったと知って、ようやく安堵することができた穂乃香は、実験は場所を選ばねばと、今更ながらに誓うこととなる。
もっとも、穂乃香の全てを見守っている穂乃香護衛隊の面々からすれば、むしろ、穂乃香が気に病んで眠れていなかったことの方が問題だったのだが、穂乃香の祖父菊一郎の余計な指令のせいで、お互いに情報を伏せ合って、妙な気苦労を生んでしまう関係が続いていた。
「本当にあの方は……」
とても深い溜息をついたゆかりの中で、菊一郎株が大暴落していくのは、あるいは仕方のない事であった。




