045 幼女、技術検証を開始する
「それにしても、こんなに……」
魔力感は常時発動する能力ではないため、意識的に使う必要がある。
これまでは、この世界に対して理解を進めるよりも、自分の能力が有効かどうかに視点が置かれていたために、穂乃香はこの世界の異常さ……というよりは、前の世界との違いに着目していなかった。
ゆえに、これほどの大きな変化に気付かなかったのだが、ようやくそれに気付いたことで、穂乃香の意識が現状把握に向かうことになる。
「魔法の発動はイメージ通りだし、発動も早い」
立てた右手の人指し指の先に、爪ほどの大きさの小さな火の玉が浮かんだ。
ついで、穂乃香が立てた中指の先には、火の玉と同じくらいの大きさの水球が浮かぶ。
穂乃香はその結果に驚愕していた。
可能であろうと予測を立て、実行してなお、目の前で発現した魔法を穂乃香は信じられない思いで見つめる。
かつての世界では、魔力の変質の影響は、魔法同士の干渉も引き起こしたせいで、わずか指一本の距離で複数の魔法を使い分けることなどできなかった。
それどころか、複数の魔法を使うことすら高難度であったのに、いともたやすく発現してしまったことに、穂乃香はかつて魔法を極めていたからこそ、驚きで仕方がない。
「干渉もなく、同時発動……」
穂乃香に残る前世記憶で言えば、それはもはや奇跡の領域に踏み込んでいた。
特に、異空間から可燃性のガスを引き出して燃やし、炎を発生させる火の魔法と、空気中の水分を集め、水を作り出す水の魔法は、魔法構成の性質上では、まるで違うカテゴリに区分される魔法である。
同じく異空間から呼び出すと言われている土系の魔法と炎の魔法ならば、その相性の良さからかつての世界でも、同時発動の可能性はあったし、水のように周囲の大気に働きかけて効果を発する風系の魔法も、水との併用ならば可能性はあった。
だが、しかし、穂乃香がたった二本の指の間でなしたことは、違う原理の魔法の同時併用である。
「魔法を一から研究し直さないといけない……か」
途方もない作業になると、穂乃香は口元に苦笑を浮かべた。
だが、その目はその困難を乗り越えてみせるという自信と気概に満ち溢れて、ランランと輝いている。
全ては弱き者を守るため、それは穂乃香自身の信念であり、力を振るうための指標であり志だ。
自らが力を磨くのは、弱者の為であり、そうでなければ意味がないと思っている。
一方で、穂乃香はどこまでも研究者なのだ。
目の前に生涯を掛けても解き明かせないかもしれないテーマを提示されて、黙っていられるわけがないし、より明確により正確に魔法を知る事こそが、すべての望みをかなえることに繋がるのだから、研究に対して熱がこもるのは、自然の流れである。
「面白い」
最後に不敵に微笑んだ穂乃香は、更なる実験を開始した。
「うーん……四大精霊系と言われた地水火風の四属性の魔法は使える、けど……」
自分の望むまま指の先に、四種の球を作り上げた穂乃香は、一人唸っていた。
火と水に加え、ぐるぐると空気が渦巻く風の球、土というよりは金属の塊に見える地の球は、ほぼ同じ大きさをしている。
それぞれが、穂乃香の右手、親指以外の指の先に出現していて、それぞれに干渉する気配はなかった。
「これに、光も……かな……」
次いで穂乃香の言葉に呼応するように、残る親指の先に他の球と同じサイズの光球が出現する。
光は、穂乃香の前世の世界では炎系統に属しているので、穂乃香自身もそう思っていたのだが、改めて確認してみるとそうではない可能性に思い至った。
人指し指からのわずかな距離で感じる火の玉の魔法と違い、光の球からは『熱』を感じない。
それは、ほんの小さな気づきではあったが、穂乃香は頭を殴られたかのような強い衝撃を受けていた。
「もしか……して……」
ともすれば途切れてしまいそうなほど緊張と衝撃で上擦った声で、穂乃香は確かめるように言葉を紡ぐ。
「これまでの世界では正しかった魔法の系統分けも、こちらでは、違う?」
穂乃香が思い至ったのは、これまでの常識が通じないという衝撃の事実であった。
事実ではあったが、この世界の仕組みともいえる新たな系統立てができるのは、自分だけだという思いも心の内に芽生えている。
より一層の深い苦笑を浮かべつつ、輝く瞳で課題に取り組む穂乃香には、一切の迷いはなかった。
「幸い強い味方もいるし、どうにかなるはず」
自分に言い聞かせるように呟く穂乃香の視線の先には、辞書にタブレットといった今現在最も頼りになる知恵の源泉がある。
だからこそ、途方に暮れることはなかったのだが、ここで穂乃香は一つの事実に思い至った。
「そもそも、この情報を得る仕組みって、考えてみたら、ものすごい気がする……」
当たり前のように、辞書の延長線上の存在として、便利だなと受け入れていた『タブレット』であり、その背景技術である『IT技術』だが、研究者気質であり知識を重んじる穂乃香は、魔法よりも驚異的な存在じゃないかと思わず乾いた笑みを浮かべる。
「とんでもないアイテムをいきなり手に入れてしまった気分だわ」
しみじみと呟きながら、穂乃香はこの先も長く相棒となるであろう愛用の白いカバーのタブレットを優しい手つきで撫でるのだった。




