044 幼女、驚愕する
魔法とは周囲の魔力に働きかけて、現象を引き起こす技術であり、それはこの世界でも変わらない。
自らの体内を巡る魔力を触媒に、周囲の魔力に干渉し、自らが思い描いた現象を引き起こすのだが、ここで大事なのは『自らの体内魔力』と『魔法をイメージする想像力』だ。
かつての世界において、魔法使いの必須とされる能力に『呪文詠唱力』というものがあったが、それは前世の世界ゆえの事だと穂乃香は、今の必須事項から切り離している。
というのも、魔法は周囲魔力へ魔法使いが干渉して発動する性質上、魔力が魔法使いの影響を受けて多かれ少なかれ変質してしまうのだ。
そして、この変質した魔力というのは、その魔法を使った魔法使いには干渉が不要な操りやすい魔力であり、他の魔法使いからすれば、変質してしまっているので、より干渉が必要な扱いにくい魔力となる。
もっとも、魔力は時間の経過とともに変質部分が緩和されるので、本来はそれほどまでに悪影響がなかったのだが、穂乃香の前世が生きた時代は、すべての人々が魔法を使えるほど魔法技術が浸透していて、誰もかれもが魔法を使える時代となっていた。
結果、変質した魔力をクリアにする自然が持つ機能を、使用による変質が上回り、呪文で強制的に魔力を操作しなければ、魔法が使えなくなってしまう。
ゆえに学術的暴論として、魔法使いの死滅や、魔法の使用禁止が叫ばれるようになったのだが、便利であった魔法という超常の力を手放せるわけもなく、せめてもの対策として魔法には使用制限や許可制が敷かれることとなった。
先に、この世界にもあると穂乃香が勘違いしていた年齢による魔法使用の制限なども、この魔力変質による魔法使用の難度上昇や効果減衰への対策の一環である。
「まさか、こうしてあの大暴論の正当性を自らが実感することになるとは。かなり複雑じゃなぁ」
しみじみと零す言葉は、昔のそれだった。
あまりにも感慨深かったせいで、少し前世に引きずられている穂乃香は、苦笑まじりに鍛錬を開始する。
そもそも魔力とは大気に含まれる様々な気体と同様に無色、無味、無臭である。
これを視覚で捉える能力を『魔力視』、香りで捉える能力を『魔力嗅』、音で捉える能力を『魔力聴』などと呼び、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚の五感に対応した感知能力が存在していた。
そして、肉体の感覚に由来するモノとは別に、魔力の存在を感覚的に感じ取る『魔力感』と呼ばれるものが存在している。
五感由来の魔力感知と『魔力感』が大きく違うのは、魔力への接触が必須な五感由来と違い、漠然とであれ、接触せずとも周囲の魔力を感じ取ることができる点だ。
この技術が優れている魔法使いは、自然と魔力を把握し支配する能力に長けることとになり、魔法使いの実力を決定づける要素として、魔力量や魔法知識よりも重要な能力とされる。
「魔力が素直なせいで、ちゃんと確かめていないんだが、自らの限界を知る必要があるの」
かつての癖で、穂乃香は顎に蓄えていた髭を撫でる。
もちろん、幼女である穂乃香にそれはないので、自らのぷにぷにと下あごに触れることとなり、そこでようやく過去の自分に引きずられている事実に思い至った。
「あー、いかんいか……ダメダメ、私は穂乃香、私は穂乃香……」
胸に手を当てて、穂乃香は自分の名前を心に刻み付けるように繰り返す。
そうしてから、苦笑まじりに「魔法を使うと思い出しちゃうわね」と、語尾を意識して、今自分が幼女であることを強調した。
穂乃香としては、一度終えた人生の延長線上に今があるとしても、この生はこの生で、別のモノだという思いがあり、それゆえに周囲にも自分の記憶のことは口にしていない。
この先も言うつもりはない穂乃香としては、口調でバレるなどという凡ミスは避けねばならないので、こうして自分に『今現在』を刻み付けていた。
「さ、て、と」
穂乃香はそう一音ずつ力を込めて言葉を区切ると。一つ大きく息を吐く。
これから大きな力を使うという意識が、穂乃香の体を緊張で硬くさせていたのだ。
それを解きほぐした穂乃香は、次の段階へと駒を進める。
「いく……いきますか……『魔力感』」
目を閉じながら意識を集中した穂乃香は、直後、大きく目を見開いた。
「……こ、こんな……」
穂乃香の口から零れ落ちた驚愕は、ただただ受けたショックを音にしたに過ぎない。
何しろ、穂乃香が感じた魔力は余りにも膨大で、例えば、海の真ん中、その海中で、水を探知したようなものだった。
どこもかしこも魔力で満ち溢れている。
かつて魔法が世界技術の究極だった世界で生きた穂乃香が、その世界でもありえなかったほどの豊富な魔力に包まれているなど、想像すらしなかったのに、いざ感知してみれば隙間のないほどに満ち溢れた魔力を感じ取ったのだから、驚愕しないはずがなかった。
そして、この豊富な魔力は、ある意味ではゆかりたちにとっても、福音である。
かつてはその魔力感知を利用して、ソナーのように周囲の状況を把握することができた穂乃香であったが、魔力が満ち溢れているせいで、そのような運用は不可能だったのだ。
こうして、地下室にこもる大人数の穂乃香護衛隊の存在が伝わることもなく、穂乃香はただただ、この世界の可能性に驚くのである。
「とんでもない世界に、生まれ変わってしまったのぅ」
思わず口から零れたのは、先ほどまで懸命に抑えようとしていた老人言葉だが、それに気づく余裕など、今の穂乃香にあるはずもなかった。




