043 幼女、高みを目指す
「我ながら、昨日は失敗だったわ」
お昼寝による睡眠不足の解消と鎮静の魔法の効果で、完全復活した穂乃香は、制服に着替え終わると、腕組みをして大きなため息をつく。
情けない話だったが、それでも守るだけではなく、守ってもらえているという実感を得たことで、穂乃香はとても大事なことに気付けていた。
誰かを守るという一方通行な思いが、形は違えど自分も守ってもらっているという相互の関係になったことで、より力が湧きあがる感触を穂乃香は感じている。
「思えば、自分だけが、なんて傲慢だったかもしれないわ」
しみじみと呟いた穂乃香だったが、それを聞く者は、この場には本人以外にいなかった。
ゆえに穂乃香にとっては独り言なのだが、この部屋はモニタリングされているので、この発言を護衛隊のそれぞれが耳にすることとなる。
「一人で無茶をしてしまうのは、子供なら当たり前だというのに……」
「自分で乗り越えてしまいましたね」
ゆかりの言葉に、苦笑を浮かべたエリーが言葉を続ける。
「でも、まあ、贅沢なことですが……」
ぼやく様に続いたゆかりの言葉に、エリーは続く言葉を思い浮かべられずに首をかしげた。
「何でも自分で乗り越えられてしまうと、寂しいものですね」
ゆかりの思いは確かに贅沢だと、エリーも瞬時に思うが、一方で寂しさも十分に理解できる。
誰よりも長く穂乃香のそばにいて世話をしているゆかりとしては、頼られない寂しさはより強いのだろうと、自然と想像がついた。
だから、更にぼやく様に続くゆかりの一言に、勤務中にもかかわらずエリーは大きめの声で笑ってしまう。
「もう養育や保護の対象ではなく、いっそ、将来の主としてお仕えした方が、気が楽かもしれません」
魔法とは元来空気中の魔力を操作して、物理的な現象を引き起こすものである。
この世界でどうかはわからないが、少なくとも穂乃香が前世で、学び、修めた魔法とはそういうモノだった。
そして、穂乃香はこのかつての知識を駆使して、少なくない数の魔法を使っている。
「この世界では、魔力がとても素直なのよね」
自らの掌の上に豆電球程度の魔力の光を作り出した穂乃香は、それを眺めながら、赤に青に、みどりにと色を変え、あるいは光の量を大きくあるいは小さくと、それこそ自由自在に操って見せた。
だが、実際それをこなしている穂乃香には、若干の驚きがある。
「うーん」
魔法とは元来空気中の魔力を操作して、物理的な現象を引き起こすものであり、それはこの世界でも変わらなかった。
だが、穂乃香を唸らせるほどに、思考から反応までの時間が短い。
かつての世界では、魔法語と呼ばれる術式を圧縮した所謂呪文の詠唱すら必要なほど、現象を起こすには魔力への働きかけが必要であったのに、今はその呪文すら必要としないのだ。
「思い描いた直後に、具現する……すごく助かるけど、やっぱり『魔女狩り』か……」
あの後も可能な限り調べ学んだ『魔女狩り』は、魔法使いたちを全滅したか、あるいはそれに近いところまで追い込んだのであろうと、穂乃香は考えている。
表向き『魔法を使う者がいない』というのも、理由の一つだが、大きい理由としては魔力が素直だという点だ。
魔法とは、魔法使いの意志を具現して行使される力である。
そして、魔法が行使されれば、その発動によって、周囲の魔力は変質するのだ。
これこそが、魔力が『素直でなくなる』主原因とされており、穂乃香の前世の記憶の中にも、魔力の効率を上げるためには魔法使いを死滅させるか、魔法の使用を禁止するのが効率的という暴論としか言えない学説が発表された事件が刻まれている。
そして、奇しくもその暴論が、この世界では実証されているというわけだ。
「まあ、悩んでも過去は変えられないし、そもそも、私の考える『魔法』自体がこの世界にあったかどうかも分からないのだし、今は素直に魔法の発動が楽なことを喜ぼう」
穂乃香は自分に言い聞かせるようにそう結論する。
既に過ぎてしまった過去はどうすることもできないのは事実だし、悩んだところで過去が変わるわけでもない以上、割り切るのが精神衛生上重要なのだ。
過去、現在と人情家な気質の穂乃香だが、解決できない悩みを抱えて今大事なものを守れない愚を犯さないために、気持ちを切り替える。
長くを生きたがゆえに、穂乃香はこの手の決断では酷くクールであり論理的だった。
全てを守りたいという気持ちは胸の奥にあっても、それを完全に実現するために自分の力が足りないことも知っている。
だから、優先順位をつけるしかない以上、順位をつけるし、一方でその選択肢をいずれ全部を救う境地に高めるために、魔法の力を鍛え上げると決心したのだ。
重ねた月日に学んだ老獪さと、幼い体に芽生えた青臭い理想を合わせて、穂乃香は自らを高める方法を考え始めている。
望む未来を切り開く力を得るために、穂乃香には立ち止まる余裕も、さらに言えば、立ち止まる気持ちすらも、既に持ち合わせてはいなかった。




