041 幼女、使命を確信する
「さて、始めますか……」
奈菜とみどりを見送った穂乃香は、再び自室に戻っていた。
勉強机に向かう穂乃香の手元には、A4サイズのタブレット端末がある。
電源を入れた穂乃香は迷うことなく、インターネット検索を掛ける為にブラウザアプリを立ち上げた。
「さすがに、辞書にも図鑑にもない以上仕方ないよねぇ」
誰に言うわけでもない言い訳だったが、音声を拾っているモニター室はそうはいかない。
穂乃香に何か感付かれれば、直ちに菊一郎に報告を上げねばならないが、呟き一つでは決定打に欠けていた。
そのせいで、モニター室が判断を下せず、結果やきもきしながら、穂乃香の一挙手一投足に意識を集中させるという精神的によろしくない状況に追い込まれる。
むしろ、気付いてるなら言ってくださいと、穂乃香に直談判したいくらいの嫌な緊張感だが、当の本人はこれでまるで気付いていないため、たちが悪かった。
タブレットの画面の上ですいすいと指を動かして、『まじょがり』と入力するとすぐに候補に『魔女狩り』が現れる。
先日、端末を手に入れたばかりだというのに、濁点や小文字を扱うのも穂乃香はお手の物だ。
躊躇うことなく『魔女狩り』で文字を確定させて検索を掛ければ、次々と情報を扱っているとみられるサイトが羅列されていく。
穂乃香はその中から最初にネット百科事典のサイトを選んだ。
文字情報だけでなく適度に参考となる画像が並ぶネット百科事典は、比較的信用性が高いと穂乃香は判断している。
もちろん、正しくない情報もあるのだろうが、それは他のいくつかのサイトと比較すればいいだけの話なので、全体の概要を掴むためにも、最初に見るのはこのサイトということが多かった。
そうして、穂乃香は手元に国語辞典を引き寄せつつ、サイトとにらめっこをしながら情報を収集していく。
結局、穂乃香が作業を終えたのはそれから一時間ほど経った後だった。
ゆかりたちメイドの手伝いを受けつつ入浴を済ませた穂乃香は、ほんわかとした温もりと、シャンプーの香りに包まれてベッドの上にいた。
「明かりを消してもよろしいですか?」
自室の入り口で、そう尋ねてくるゆかりに、穂乃香は「お願いします」と返すと、部屋は一気に真っ暗になる。
穂乃香の部屋にはテレビや録画機器などの電子機器はほぼ置かれていないので、部屋の中心に設置された照明具の明かりが消えると部屋の中は闇が支配した。
穂乃香としては暗くないと寝れない体質の為これが最良なのだが、菊一郎をはじめ保護者達は良しとはしない。
このため、実はベッドの下には赤外線による動体感知器と、それに連動して淡い光が灯る灯具が仕掛けられていて、穂乃香が万が一にでもトイレに立とうとすれば、足元だけが照らされる仕組みになっていた。
さらに、穂乃香に内緒の設備としては、サーモカメラに暗視カメラも通常カメラ以外に設置されている。
このような万全の警備態勢を敷くために、穂乃香護衛隊は菊一郎の号令のもと、女性だけで構成されているのだ。
バタン。
わかりやすいくらいの大きさのドアの締まる音に合わせて目を開いた穂乃香は、布団にくるまったまま大きなため息をついた。
穂乃香の頭の中に浮かぶのは、今日新たに得た『魔女狩り』に関する知識である。
その歴史は、凄惨の一言に尽きるモノだった。
救いと言えば『魔女狩り』とは過去のことで、今現在は魔女だからと罪に問われないということだろう。
もっとも、それは魔女が理解されて受け入れられたわけではなく、魔法そのものの存在自体が幻になったゆえだ。
つまり、現在では魔女と名乗っても、まともに受け取られないということである。
実際に現代社会においては、穂乃香クラスの魔法を使う者は『表立って』は存在していないのだ。
「隠さないといけない力ってこと……か……」
暗闇に包まれたベッドの上で、穂乃香は溜息まじりに呟く。
彼女が思ったよりも沈んでいたのは、どんなに調べても、ネット上で行き当たる魔法使いや魔女の情報が、フィクションの登場人物であったり、その魔法と称される行為が占いや奇術の類であったことだ。
一生懸命再現して見せたウィッチの変身魔法でさえ、特撮という撮影技術で生み出された映像であり、それを魔法でこなせるのは、少なくとも現状知る限り、穂乃香自身だけである。
その事実が、穂乃香に心が沈み込むほどの大きな重しとなってのしかかっていた。
「この世界には、魔法がない……」
そう口の中で繰り返す。
しんと静まり返った自室の闇に消える自らの発した言葉に、穂乃香は何かを感じた。
「この世界には魔法がない」
もう一度同じセリフを口にする。
そして、再び部屋の中は静まり返った。
「この世界には魔法がない」
そうして、同じ言葉を幾度も繰り返すうちに、穂乃香はついに何かを掴んだ。
「そうか」
むくりと体を起こした穂乃香が、モニター室のサーモカメラと暗視カメラの映像に映り込む。
「魔法がないなら、魔法に関する法律も、規則も、禁止事項だってないじゃない」
その一言に、モニター室が騒然とした。
「魔法自体はもう存在を疑われるレベルみたいだし、使えるのがバレなきゃ、もう何の問題もないんじゃないかな?」
穂乃香はやや興奮しながら、みどりを攫った森の人を思い浮かべる。
「みどりちゃんみたいに、危険な目に合う人たちを救うためにも、私は魔法の腕を磨くべきだわ!」
確信をもって穂乃香は、それが自分の使命だと力強く断言した。
その心には一片の迷いもない。
禁じられてすらいないのなら、腕を磨くのに誰に遠慮がいるだろうかと、穂乃香は鼻息も荒く再び布団に潜り込んだ。
ただ、その興奮が眠りに寄与するわけがなく、穂乃香はそのまま眠れぬ時を悶々と過ごす。
ようやく眠りに落ちたのは実に一時間以上も経ってからだった。




