037 幼女、地下室へ招待する
「すごい、ひみつきちだ!」
地下に伸びる階段を前に、みどりが興奮気味に声を上げた。
奈菜はそれに同調するように、コクコクと忙しなく頭を動かして同意している。
そんな二人の様子に、穂乃香は妙な優越感を覚えてご満悦だった。
「ねぇ、ふたりとも。ここから先は秘密の部屋なの」
穂乃香の言葉に、奈菜とみどりがごくりとつばを飲み込む。
「奈菜ちゃんも、みどりちゃんも、これから知ることは絶対誰にも言っちゃだめだよ?」
既に穂乃香の中には、知られてしまった以上みどりと、それから勘の良い奈菜には『魔法』について教えようという気持ちがあった。
それゆえに、二人が口を滑らせないように、一応念を押しておかねばという気持ちで、忠告寄りのお願いをする場所として、一番雰囲気のある地下へ伸びる階段の前を穂乃香は選択する。
その狙いはバッチリと嵌った様で、二人の表情は先ほどよりも真剣なものになっていた。
「い、いったらどうなっちゃうの?」
上目遣いで恐る恐る尋ねてくるみどりに、穂乃香は静かに答える。
「警察に捕まって、牢屋に入れられちゃうか、他の動物とか植物にされちゃうか、私にもわからない」
真剣な口調で話す穂乃香の言葉に、奈菜もみどりも気圧されて顔が蒼くなった。
その変化に、穂乃香はやり過ぎたと察して声を無理やり明るくする。
「大丈夫、大丈夫、二人はそんなことにならないよ! 私がそうなるだけだから!」
穂乃香としては安心してもらおうと思って言った言葉であるのに、だがそれは二人の表情を更に強張らせた。
「あ、あれ?」
想像とは違う二人の反応に、穂乃香は素直に戸惑いの声を漏らす。
「い、いわないよ! みどり、だれにもいわない!」
そう叫んだみどりは、目にいっぱいの涙を溜めていた。
一方の奈菜も「穂乃香ちゃんだけって、それが一番駄目じゃないですか!」と珍しく声を荒げる。
「穂乃香ちゃんがいない幼稚舎はすごく寂しかったんですよ!」
「そうだよ、穂乃香ちゃん、いなくなっちゃいやだよぉ」
ついに涙腺が決壊したみどりと、釣られて泣き出した奈菜に抱き付かれて、戸惑いながらも穂乃香は優しい友人たちの頭を撫でた。
「ありがとう二人とも、誰かや……特に大人の人に内緒にするのは大変だと思うけど……って、あ、秘密を教えなければいいのか」
話ながら今更なことに気付いた穂乃香だったが、抱き付く二人はそれはダメだとわめく。
もとより空を飛べる理由も話さないわけにはいかないので、やはり秘密に協力してもらう方がいいかと少し申し訳ない気持ちを抱きながら、穂乃香は二人の思いに感謝を伝えた。
元道場を改造した穂乃香の多目的練習部屋への通路は、園児たちには少し恐ろしいものだった。
天井の高い廊下は薄暗く、絶えず機械の低い唸りが反響している。
赤みがかったわずかな光量の照明に照らされて、穂乃香の左右の腕にしがみつくようにみどりと奈菜がおっかなびっくり付き従っていた。
彼女たちにとって救いなのは、三人とも体が小さいこともあって、廊下で横に三人並んでも十分な余裕がある事だろう。
一列で歩けと言われたら、奈菜とみどりは挫折していたかもしれなかった。
「奈菜ちゃん手を離して?」
急に穂乃香にそう言われて、奈菜は絶望で顔を凍り付かせる。
その反応に、自分の失言に気が付いた穂乃香は慌てて「部屋を開けるのに、カードを使うから」とフォローをした。
「かーど?」
片や穂乃香にヒュッと身を寄せて、みどりは興味深そうに、奈菜から解放された穂乃香の右手を覗き込む。
その手には穂乃香のスカートのポケットから取り出されたばかりのカードが握られていた。
「そ、これがこのお部屋の鍵なの」
そう言ってみどりに微笑み掛けた後、穂乃香は奈菜に向き直る。
「一緒に開けよう」
そう言って視線でカードを持つ手に手を重ねるように促すと、ようやく奈菜の表情が和らいだ。
カードリーダーに奈菜と手を重ねて持ったカードを近づけると『ピッ』と独特の電子音が流れ、三人の前にあった大きな二枚扉が左右へと開かれ始めた。
ふわっと流れ出てくる真新しい木の匂いに、穂乃香はかすかに鼻をひくつかせる。
芋畑の一件以来、実は久しぶりの部屋の使用に、穂乃香は少し懐かしさを感じていた。
その横で、板張りで全面鏡に練習用の手すり付きと、バレエ教室の練習場の様な部屋の様子を見て、奈菜は「わあ」と声を漏らす。
母親の影響もあって、バレエに憧れのある奈菜にはまさに夢の光景であった。
一方みどりは、奥の部屋に目を奪われている。
カーペットが敷き詰められ、大小さまざまなクッションやソファ、ウォーターベットが設置された一角には、穂乃香の為に揃えられたプリッチグッズも溢れかえっていた。
特にキャラクターを模した可愛らしいぬいぐるみの数々は、ぬいぐるみ大好きで、夜寝る時でさえもお母さんよりもぬいぐるみを選ぶ、無類のぬいぐるみ好きのみどりには、これ以上無い素敵なオブジェに映る。
そうして、奈菜とみどりは直前の廊下での心細さも忘れて、穂乃香の許可と同時に駆け出していた。
奈菜は憧れの手すり付きの鏡の前に、みどりは可愛いぬいぐるみの前に、そして穂乃香は一人畳の間に正座をして、懐かしいイグサの香りに微笑む。
そんなほのぼのとした三人の様子を、はらはらと見つめるのは、モニター室のゆかり以下、穂乃香護衛隊の面々だった。




