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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第二章 幼女と森のヒト
35/812

035 幼女、タブレットを得る

「ゆかり、旦那様は穂乃香お嬢様の成長にいたく感動しているようよ」

「あ、あはははは」

 エリーにそう報告されて、ゆかりは思わず乾いた笑い声をあげた。

 その手紙を託すにあたって、すでに自分のお名前の漢字表記を修得した穂乃香の得意げな顔が脳裏に浮かぶ。


「この榊原の榊という字はすごく面白いですね」

「と、いいますと?」

「この榊というのは神さまに捧げる植物という意味があるんですよね」

 穂乃香の言葉に頷きながらゆかりは、的確に補足していく。

「神道の儀式に用いられますね。榊の木の枝に紙垂(しで)木綿(ゆう)を付けて、玉串にしたものを神様にお納めするんですよ」

「それは知りませんでした! ちょっと待って下さいね」

 嬉しそうに顔を輝かせながら、いつの間にか使いこなしている国語辞典をぺらぺらと捲り、穂乃香は紙垂と木綿を調べ上げた。

 だが、さすがに言葉だけでは理解が追い付かなかったらしい穂乃香は、首を傾げてしまう。

「特殊な断ち方……特殊……うーん」

 眉を寄せて真剣に悩みだした穂乃香に、ゆかりはつい反射的に、忍ばせて持っていたタブレットを取り出してしまった。

 それはこれまでの日常の延長で、普段から言葉では理解が難しいものを伝えるために利用している。

 検索ワードに『紙垂』と入力すると、実際の写真だけでなく、紙の切り方の図解までが表示候補として並び、ゆかりは一番わかりやすそうな写真と図解を選んで、画面いっぱいに表示すると、穂乃香に見せた。

 そして、ゆかりはその直後目にした穂乃香のキラキラといつもの数倍輝いた瞳に、自らの迂闊さを知る。

「ねぇ、ゆかりさん!」

「は、はい……」


「それにしても、さすが現代ッコよね。タブレットの存在を知ってるなんて……」

 菊一郎の指示で、検索制限を多めに施されたタブレットが穂乃香に支給されるという報告書に目を通しながら、エリーはしみじみ呟いた。

「そ、そうね」

 いつもの様なキレのないゆかりの反応に、エリーはじっとその目を見る。

 思わずといった風に視線を逸らすゆかりを見て、エリーは溜息をついた。

「……情報の出所を旦那様は気にしていないみたいだけど……気をつけなさいよ?」

「面目ないわ」

 そうして訪れた絶妙な沈黙の後、エリーは「で、どうして?」と踏み込んで来たので、ゆかりは渋々自分のやらかしを口にする。


「穂乃香お嬢様、タブレットはお使いにならないのですか?」

 ゆかりの質問に、穂乃香は「いろいろ使ってみたい気はするけど、玩具ではないからね」と笑う。

「日本語の文章から、意味を正確に読み取れるようになるのが先決だと思うの」

「確かにその通りですね」

「それで、この前の紙垂のように、文章からだけでは理解や想像がつかないモノを調べたり、あとは文章から理解した上で答え合わせで使うのが一番いい使い方じゃないかと思って」

「穂乃香お嬢様」

 思わずゆかりは目を見開いて、穂乃香を見つめていた。

「どうしたの、ゆかりさん?」

「いえ、まずは触ってみたいという衝動にかられるものかと思ってましたので」

 穂乃香はゆかりの言葉に「確かに」と笑いながら頷く。

「でも……」

「でも?」

「この機械は、すぐに答えを提示してくれるけれど、試行錯誤もなく知り得た知識は身につかないでしょう?」

 穂乃香の言葉に、ゆかりは素直に頷いた。

 なにしろ、平然と穂乃香が口にした言葉に、ゆかりが間違いだと感じる部分は一つもない。

 唯一あるとすれば、穂乃香の発言自体がとても年相応とは思えない発言であることくらいだ。

「それに、私、日本語を勉強し始めて一年も経っていないしね。この機械はまだ早いと思うの」

「そう……でしたね」

 冗談ぽく付け足された穂乃香の一言だったが、むしろゆかりからしたら笑えない。

 時々忘れそうになるが、目の前の少女はいまだ3歳で幼稚舎に通い始めたばかりなのだ。

 タブレットですぐに答えを得ることの危険性など、そもそも察するわけがない年頃で、ともすればタブレットをいじり倒している方がよっぽど年相応だろう。

「とはいえね、さっきも言ったけれど、文章だけではどうしても分からないことがあるし、いつも横にゆかりさんについててもらうわけにもいかないから、お爺様にお願いしてしまったの」

 穂乃香の言葉に、ゆかりは困った顔で「穂乃香お嬢様の横にいるのは私の仕事ですから、気になさらないでください」と告げた。

 すると、穂乃香は少し慌てたように、ブンブンと左右に頭を振る。

「いや、ほら、ゆかりさんがいると、あれだから!」

 急に挙動不審になる穂乃香に、ゆかりは(ああ)と内心で納得の声を上げた。

 それから、穂乃香のタブレットには、技術班により念入りな閲覧制限が掛かっていることを思い出して、まあ大丈夫だろうと、隠れていろいろと調べるつもりであろう目の前の少女に、ゆかりは微笑み掛ける。

「大丈夫だとは思いますが、穂乃香お嬢様」

「はい?」

「検索した文字には履歴が残りますから、後でわかってしまいますよ?」

「え?」

「まあ、変な言葉を調べようとしても、制限が掛かりますけどね」

 ゆかりにシレッと宣言された内容に、穂乃香の表情がみるみる暗くなっていった。

 その極端な落胆ぶりに、ゆかりは小さく溜息をつく。

「大丈夫ですよ。別に穂乃香お嬢様の勉強や好奇心の邪魔をするものではありません。ただ、このタブレットが繋がっているインターネットという世界には、まだ幼い穂乃香お嬢様が見るべきではない情報や画像、映像があるというだけの事です」

 言いながらゆかりは優しく穂乃香の頭を撫でた。

「穂乃香お嬢様の行動を制限するためでなく、穂乃香お嬢様が心を痛めることがないように配慮しているだけですよ」

 ゆかりの口ぶりと発言に、穂乃香は上目遣いで尋ねる。

「私を思っての事……ですか?」

「もちろんです!」

 穂乃香はゆかりの返事に表情を柔らかくさせた。

「ですから、穂乃香お嬢様は思うままに使ってみてください」

 内心で蛇足かもしれないと思いながら付け足した言葉に、穂乃香は弾むような声で「はい」と頷く。

 それからやる気に満ちた目で、穂乃香は「頑張ります!」と鼻息を荒くした。

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