032 ようじょ、ろんじられる
「『別班』でも把握できなかった……ですか」
報告書に目を通したゆかりは、苦々しい顔で額に手を当てた。
「報告を見る限り、穂乃香お嬢様の『魔法』は、これまで榊原の家が収集・継承してきた呪術や魔術、妖術、法術、仙術、その他、オカルトとか非科学的と言われる技術や能力のどれにも該当しない、未知の技術ということね。文字通り『魔法』だわ」
エリーの言葉に、ゆかりはますます表情をしかめる。
「規格外な方だとは思っていましたが、まさかこれほどまでとは……」
「正直なところ『別班』から、穂乃香お嬢様の能力の検査や研究への協力と様々な要望が提出されているわ」
エリーも疲れた表情で長いため息をついた。
「それらに対しては?」
「旦那様が問答無用で、全面却下よ。方針も変えないと断言されてしまっているわ」
エリーの言葉に、ゆかりはまさにうんざりと言わんばかりに表情を引きつらせる。
「それは、もしかして……そういうことなの?」
言語化を渋るゆかりに対して、エリーは無情にも頷くと、濁したそれを言葉にしてしまった。
「『お嬢様の魔法という存在が現代社会ではありえない特殊なものである事』及び『周囲の者がお嬢様が魔法を使えるのを知っている事』は伝えてはいけない……は継続の上厳守だそうよ」
改めて耳にすると、とんでもなく無茶な話だと、ゆかりは深いため息をつくしかない。
そんなゆかりに、エリーは素直に問うた。
「お嬢様が私達は気付いていることに、気付く素振りはないの?」
エリーの質問に、ゆかりはフルフルと左右に頭を振った上で、言葉にして答える。
「おそらくだけど、薄々察しておられる……とは、思うの。頭の良い方だから……」
「そ、それで?」
ゆかりの口ぶりに先を聞くのをためらいながらも、エリーは続きを促した。
「でもね、あえて『鈍感になりきって』周囲が気付いたかもしれない事実から目を逸らしているみたいなの」
「え……?」
「おそらく、何か思うところがあるのだと思うけど、この前の森にいた存在との戦闘だって、誤魔化せていると思い込んで……いえ、誤魔化せていると自己暗示をかけて、全く話題にもしないのよ」
ゆかりの言葉に、エリーが表情を引きつらせる。
「それって……」
「つまり、私達も穂乃香お嬢様も、もうお互い『わかってる』のに、話題にもしないことで、お互いにその事実に触れない妙な状況になっているのよ」
その上で、菊一郎からは情報伝達が禁じられているのだから、もはやゆかりには打つ手はなかった。
「ど、どうして、そんなことに?」
エリーの戸惑いの色が十二分に滲み出た問いかけに、ゆかりは実感を元に予測を答える。
「どうも、魔法について妙な解釈をしているみたいなの」
「妙な解釈?」
「まず、魔法は実在する」
「た、確かに実在はしてるわね、実際穂乃香お嬢様がお使いなわけだし……」
「そうね。でも、穂乃香お嬢様は『自分以外にも使える』と思っているのよ」
「…………」
思わず絶句してしまったエリーをちらりと見てから、ゆかりは更に続けた。
「さらに、魔法の使用には飲酒や喫煙のような年齢による制限があると思い込んでる」
「えーと……つまり?」
いつもの聡明なエリーなら即座に理解できるような言葉なのに、理解が追い付かない。
それは脳が理解するのを拒んでいるのを示していたが、そこに気付きつつも、エリーは思考を放り投げて、ゆかりの言葉を待った。
「魔法は年齢で使用の許可が出る……今、必死に隠している……つもりで穂乃香お嬢様が努力してらっしゃるのは、魔法使用がばれれば何らかの罰則を受けると思い込んでいるからなの」
「…………」
またも無言で固まるエリーに、ゆかりは告げる。
「たとえば、魔法の封印とか、動物に姿を変えられてしまうとか、ね」
「そ、そこは、なんだか、言いにくいけど、子供っぽいのね」
「『プリッチ』シリーズの魔法がバレた時の罰が基礎だからね」
「……ああ、なるほど……」
エリーとて、穂乃香お嬢様の護衛部隊にいる以上、プリッチはチェックしているので、簡潔なゆかりの説明に頷くことができた。
できたが、あの穂乃香の判断基準としては、ドラマというのはいささか、納得のいかない部分がある。
そんなエリーの心境を表情で読み取ったゆかりが、自分の中で固まっている想像を口にした。
「穂乃香お嬢様は、あのドラマシリーズ、子供たちに魔法の使用方法や禁止事項を伝えるための知育番組だと、捉えているみたいなのよ」
「なるほ……えぇ!?」
あれほどの理解力を誇る穂乃香が、ドラマを娯楽作品として理解していないことに、エリーは思わず驚きの声を上げる。
その驚きの理由を正確に読み取ったゆかりは「さっきも言ったでしょう」とため息をついた。
「穂乃香お嬢様は『鈍感になりきれる』のよ」
「…………」
「普段の鋭い理解力を、意図的に抑え込めるの……都合の悪いことだけ、鈍感になるのよ!」
「…………ゆかり……」
思わず声が大きくなったゆかりの肩を、エリーは思わず同情の念を込めて叩く。
そうして見つめあった二人は、どちらからともなく大きなため息をついた。




