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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第二章 幼女と森のヒト
30/812

030 幼女、メイドに抱かれる

「ほ、ほのかさまあああああ」

 木々のアーチで構成された細い道を抜けた先で、妙な木に抱き付いた穂乃香が発光するのを目撃したゆかりは絶叫に近い悲鳴を上げた。

 だが、直後にゆかりは、目の前の光景に怯んだ心を立て直し、眩んだ目で必死に前方を見据え、穂乃香へと向かって駆け出す。

 途中に自らを傷つける何があろうと、踏み越え、蹴散らして、穂乃香にたどり着くまでは止まるつもりなどなかった。

 しかし、強い意志とは裏腹に、足元の事情は最悪に近い。

 柔らかな土の地面に、滑りやすい枯れ葉の絨毯、ところどころ露出する堅い木の根、踏み込んだタイミングで足が滑り、ゆかりの足首の関節が幾度となくぐにゃりと歪んだ。

 それでも、ゆかりは悲鳴すらあげずにひたすら駆けて、その腕にポトリと木の幹から手を離し力なく落下してきた穂乃香を捕まえて、ぎゅっと抱きしめる。

 腕の中から伝わる子供特有のやや高めな体温に、ゆかりは思わずその名を呼んでいた。

「穂乃香お嬢様」

 その声に、穂乃香が閉ざしていた目をわずかに開けてゆかりを見る。

 穂乃香の反応に、ゆかりは更に言葉を続けようとしたが、状況がそれを許さなかった。

 無理やり駆けて、無理やり突き進んで、どうにか穂乃香を抱き留めたという無理な状況のせいで、ゆかりは体のバランスを完全に崩している。

 このままいけば、穂乃香を硬い木の根が這う地面に落としかねないと判断したゆかりは、すぐさま穂乃香を自分の胸元に抱き寄せて、自身の体で包み込むように体を丸めた。

 さらに、不安定な足元を無理やり蹴り上げ、躊躇なく頭から地面に飛び込み、前転しつつ着地することで、穂乃香に伝わる衝撃のほぼ全てをその身で受け止める。


「ご無事ですか、穂乃香様?」

 背中や足首を中心に体全体から発せられる苦痛を無視して、まだ穂乃香の無事を確認できていないことに焦る気持ちを押し込め、いつも通りの穏やかな口調でゆかりはそう問いかけた。

 すると、先ほどよりも意識はしっかりしているものの、極度の疲労のせいではっきりとは覚醒していない穂乃香が首を傾げながら「ゆかりさん」と反応を示す。

「ご自分の状況はお分かりですか?」

 ゆかりの問いかけに、ボーっとした頭で穂乃香は空を舞う枯れて砕けた森の人の破片と魔力の残光を見て、ただ心に浮かんだ思いを言葉にした。

「きれぇ~」

 呆けた顔で放たれた穂乃香に限ってはこれまで聞いたことのない舌足らずな声に、ゆかりは思わず「穂乃香様、しっかりしてください」と大声を張り上げていた。

 それは自分の主の一人である幼子に対し、とってよい行動ではない。

 普段であれば絶対にしない行動だが、ゆかりはそのタブーを破るほど衝撃を受けていた。

 ただ、一方で大声で迫られた穂乃香は、一気に覚醒を果たす。

 木々のドーム、自らの魔法の残火である魔力の光、舞い落ちる枯化した森の人の破片、そして魔力を限界まで使い切ったことによる独特の疲労感に、穂乃香はほぼ完全に自分の状況を思い出した。

 そうして、ほぼに含まれない『ゆかりが自分を抱き留めている』という事実に気付かずに、穂乃香はゆかりを見る。

「みどりちゃんが大変なの、もう木の道へ無理に飛ばしたけど」

 深刻そうな顔で、自分の失言にも気づかず、全幅の信頼を寄せているゆかりに、穂乃香はそう告げた。

 ゆかりは、ほんの一瞬だけ、驚きの表情を見せたが、穂乃香の失言を華麗にスルーしながら「岩崎みどりさんならば、私が保護しました」と短く囁く。

「そう、よかった」

 それを聞いた穂乃香は、心の底から安心した表情を見せると。静かにまどろみ始めた。

「……穂乃香お嬢様」

「ん?」

「貴女に言わねばならないことは山ほどありますが……みどりさんの救出よく頑張りましたね。とても偉いです」

 そう言って優しく暖かい声が、意識の遠退き始めた穂乃香の耳に響く。

 想像もしていなかった自分を褒めてくれる言葉に、穂乃香は胸がものすごく熱くなるのを感じた。

 紅潮する頬を、気付けばぽろぽろと熱い滴が零れ落ちていく。

 目を閉じて穂乃香は自分がこの状況に至るまで、いくつもの無茶を繰り返したことを思い出していた。

 まぶたを開けて確かめる気力はないけれど、服はどこもかしこも破れ、泥だらけで怒られる要素しかない。

 かつて、魔法使いだった頃も、こうして、命懸けで誰かを助けに行けば無茶をしたと怒られてばかりだった。

 だというのに、きっとゆかりだって、これまでの人々と同じように、穂乃香が心配で怒っているだろうに、それら『言いたいこと』を置いて、真っ先に自分を褒めてくれたことに、穂乃香は嬉しくて、ただ嬉しくて涙を流し続ける。

「ゆかりしゃん、ありがどう」

「無茶はやめて欲しいです。けれど、お友達を助けるために頑張った穂乃香様はすごく優しくて偉い子だと思います。ただ、次からは私や周りの人にも頼ってくださいね」

「うん……ぅん」

 コクコクと頷きながら、泣き事でも体力を失った穂乃香は、そのまま小さな寝息を立て始めた。

「本当に仕方のないお嬢様ですね」

 ゆっくりと穂乃香を愛しそうに抱き抱えたまま立ち上がったゆかりは、わずかな苦さとそれをはるかにしのぐ愛しさを込めて、溜息を零す。

 そうして、ゆかりは穂乃香を守る意志をより強く固めたのだった。

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