003 幼女、試験を受ける
「大丈夫ですか、穂乃香お嬢様?」
「たぶん、大丈夫じゃ!」
「口調」
「大丈夫ですわ、なの」
「……正直、それも大丈夫ではありません」
「なんと!?」
多少の矯正には成功したものの、完全には直しきれなかったゆかりは、紺のワンピースに身を包んだ穂乃香の横で、黒のスカートタイプのスーツ姿で苦笑を浮かべた。
ゆかりが普段のメイド服ではないのには大きな理由がある。
今日は、穂乃香が通う予定の聖アニエス学院の幼稚舎の面接試験に保護者として参加するためだ。
穂乃香の保護者は、今現在、ある事情から穂乃香の祖父となっている。
その祖父の指示で代理人として、今日はゆかりが立ち会うこととなったのだ。
「まあ、お嬢様なら試験については心配していませんが……」
「なに? なんだか、含みがあるようだけど……」
パチクリと大きな瞳を瞬かせる穂乃香に、ゆかりは渋々と続きを口にした。
「いえ、やり過ぎてしまわないかと、不安でして……」
「そ、そんなこと、あるわけ、ないじゃ……ない?」
徐々に勢いが鈍り、音量が下がっていく。
「自信がないのですね」
「そ、そういうわけじゃないけども……」
再び強めに否定した穂乃香だったが、語尾がごにょごにょと聞き取れないモノへと変わっていく。
「お嬢様」
どうにも自分に自信がなくなってしまって俯いてしまった穂乃香の肩に、ゆかりが優しく手を置く。
「別にお嬢様にその実力があっただけの事です。不正をしているわけではないですから、自信をもって挑んでください」
ゆかり自身甘いと思いつつも、長く一緒にいることで芽生えた情は、穂乃香が落ち込んだ素振りを見せるだけでキリキリと心を締め付けてくる。
結果、先に起こる事よりも、今の笑顔の為に力強くその背を押してしまった。
それがもたらす結果に、思考を向けないことで、ゆかりは自己正当化を果たす。
「そ、そうだよね。ふ、不正じゃないものね」
「ええ」
パァッと表情を輝かせていく穂乃香の様子に、ゆかりは何が起こっても受け入れようと悟りを開いた。
「それでは、面接を始めます」
「よろしくお願いいたします」
幼稚舎側の面接官は三人が、横に長い机を挟んで、穂乃香とゆかりの前に座っていた。
「まず、志望動機を聞かせてください」
面接官が尋ねた相手は、むろんゆかりだ。
だが、柄にもなく、わずかに緊張をしていた穂乃香は、自分に向けられたと思い込んで、ゆかりが口を開くよりも早く答えてしまっていた。
「私の母……お母さんがこの学院の出身者……か、通っていたので、同じ空気を……じゃない、おそろいになりたかったんじゃ……です!」
ピシリと固まる空気に、ゆかりは思わず天を仰いだ。
明らかな幼女が、わざわざしっかりと喋れるのに無理やり子供っぽく言葉を整える光景など『奇妙』以外のナニモノでもない。
当然の如く、その場の面接官一同は混乱の中に叩き込まれて、言葉を発する事すらできなかったのだ。
だというのに、シンと静まり返ってしまったことで、穂乃香が無駄に追い詰められた。
結果、穂乃香は壮絶に語りだす。
「あ、あのですね、何かおかしかったでしょうか? 口調ですか、ひょっとして、座り方? 態度とかですか? 志望動機が何かおかしいとかですか? ど、どうしよ、ゆかりさん、このままだと、私、失格ですか、失格ですよね。やってしまいましたか? やってしまいましたよね、どうしましょう。いきなり挫折……ああああ」
捲し立てるようにノンストップで言葉を発する穂乃香に、ようやく我に返ったゆかりは気が付いた。
「だ、大丈夫です、穂乃香お嬢様! むしろ、お嬢様の不自然……ではありませんでした、優秀さが際立ったと思われます」
「そ、そうでしょうか? でも、面接官の方々は何やらビックリするぐらい目を点にして固まってますけど!?」
「ぜ、絶対はないと思いますが、しかし、お嬢様の年齢で、これだけお話が出来れば、優秀と判断されると思うのですが!?」
「そうじゃろうか? なんか、奇怪な生き物を見てるような好奇の視線を感じるんじゃが!」
「あああ、お嬢様、語尾、口調が乱れておいでです!」
「し、しまったのじゃ! わし、私としたことがぁ」
「だ、大丈夫です、まだ挽回できます!」
ゆかりはそう言って区切ると、ぐわっと勢いよく面接官に向き直る。
「ですよね? お嬢様は不合格になったりしませんよね?」
「だ、大丈夫ですか、やっぱり駄目ですか?」
もはや面接会場はカオスだった。
一方的に捲し立てた面接を受ける側の穂乃香とゆかりに、なぜか迂遠ながら涙目で迫られた面接官たちは、完全に表情を引きつらせた。
しかし、それに不安をより刺激された穂乃香とゆかりは、同時にガタンと後方に椅子を弾き飛ばしながら立ち上がると、その距離を詰めた。
「や、やっぱりだめですか?」
「お、お嬢様をどうか、どうか合格させてくださいませ!」
何がどうしてそんなに追い詰められているのだと言いたくなるほどの剣幕で詰め寄られ、混乱の極みに陥った面接官たちは、必死な二人に、思わず答えていた。
「ご、合格です、合格にしますから、落ち着いてください」
その言葉に、無邪気に喜び合い始めた穂乃香とゆかりに、面接官たちは顔を見合わせて乾いた笑いを交わし合った。
3人の心に抱かれたのは「なんだこれ?」という答えのない疑問と、虚無と疲労だった。




