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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第一章 幼女と新たな人生
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019 幼女、入園式から帰宅する

「穂乃香ちゃん、また明日!」

 ブンブンと大きく笑顔で手を振る奈菜は、もう入園式が始まる前の大泣きしていた彼女ではなかった。

「はい、またあしたー」

 穂乃香も大きく手を振り返すと、満足したのか、両親らしい人達のもとへと奈菜は駆けていく。

 その後姿を見送っていると、同じグループの子を中心に、同じもも組の女の子たちが挨拶に来たので、穂乃香は一人ずつ丁寧に「またあした」を繰り返した。


「大人気でしたね、穂乃香さん」

「ゆかり……さん?」

 一応公的な場ではさん付けでと菊一郎の指示もあり、それに従っているだけのゆかりだが、穂乃香には『さん』付けがどうにも慣れないせいで、思わず語尾に疑問符がついてしまう。

「そうですよ。穂乃香さん」

 だが、ゆかりは気にした様子もなく、平然と肯定して見せた。

 気付いていてスルーなのか、気付いていないのかは分からないけども、穂乃香は自分がものすごい違和感を覚えていることをとりあえず伝えてみることにした。

「すごく違和感があります」

 ストレートな物言いに、ゆかりはくすりと笑ってから「車に乗ったら、戻しますよ」と、ひどく真面目な顔で言うので、穂乃香は苦笑で応える。

 呼び方一つで、どうにもしっくりこない、もやもやしたものを感じながら、穂乃香は担任であるあかねから告げられたことを一通りまとめてゆかりへと伝えていった。


「正直、大丈夫そうで安心しました」

 榊原邸に向かう車の中で、そう感想を口にしたゆかりに、穂乃香は黙って視線だけを向ける。

「何ですか、穂乃香お嬢様?」

 少し困ったように眉を寄せながら、首をかしげるゆかりにたいして、穂乃香はほっと息を吐いて見せた。

「ホントに、何ですか?」

 ますます表情を曇らせるゆかりに、穂乃香は「穂乃香さんは慣れなくて落ち着かなかったのー」と笑う。

「まあ、確かに、私も違和感がすごかったです」

「いつも通りじゃないって、それだけで、妙な気分になるものよ」

 しみじみと言う穂乃香の様子に、ゆかりはふと脳裏に浮かんだことを言葉にした。

「今日は入園式でしたし、明日からは離れている時間も増えますし、さすがの穂乃香お嬢様も不安ですか?」

 ゆかりの言葉に、穂乃香は目を丸くしてから、柔らかく微笑む。

「そうねぇ、言われないと気付かなかったけど、そうかもしれない。ゆかりがいないのは不安だわ」

 屈託のない笑顔でそうはっきりと言われて、ゆかりは思わず頬を染める。

「まっすぐに言われてしまうと恥ずかしいものがありますね」

 ゆかりの感想に、穂乃香は更に悪戯が成功したことを喜ぶように口角を上げた。

「でも、穂乃香お嬢様に必要とされているようで嬉しく、そして、誇らしいです」

 真面目な表情で言うゆかりに、今度は穂乃香が頬を染める。

「当り前でしょう。どれだけゆかりに助けられてると思ってるの?」

 ゆかりにやや困り顔でそう言ってから、穂乃香はシートベルトの限界まで体を前に倒した。

 そうして運転席の老年の男にも声を掛ける。

「もちろん、島村さんにも助けて貰ってますよ」

 すると、ゆったりとした所作で運転をする老年の男、島村は「勿体ないお言葉です」と軽く頭を下げた。

 それから島村は「私も使用人です、ゆかりと同じように呼び捨てにしてください」と付け加えた。

 穂乃香が素直に「わかったわ、島村」と返すと、島村は柔らかく笑みで返す。


「ところで、穂乃香お嬢様?」

「なに、ゆかり?」

「これは必要ないのではありませんか?」

 するりと通園カバンからゆかりが取り出したのは、3分割された魔法のステッキだ。

「だって、かばんに入るように作って貰ったんだよ?」

「いえ、そういうことではなく、なぜ、通園するのにステッキが必要なんですか、ということですよ」

 かばんに入っていたステッキは、最初のステッキでは大きくてカバンに入らないため、それをお手紙で伝えたところ、わずかな時間も空けずに菊一郎が用意したもので、その存在自体はゆかりも知るところである。

 問題はそれが通園カバンに入っていたことなのだが、穂乃香の事情を知るゆかりと、知らない島村では事の重大さの認識にずれがあった。

 詰め寄るゆかりにたいして、島村は見た目通りの好々爺ぶりで「まあ、いいではないですか」と穂乃香を擁護する。

 しかし、魔法が使えることを知っているゆかりは、それですませるわけにはいかなかった。

 島村に悟らせぬように言葉を気にしながら、穂乃香に問う。

「まさかと思いますが、穂乃香お嬢様は幼稚舎で、変身なさるおつもりですか?」

 ゆかりの真剣な表情に、うっと声を詰まらせた穂乃香だったが、しかし説明せねば収まらないと察して、無理に声を絞り出した。

「いや、いつ、どこで、緊急事態が起こるかわからないでしょう?」

「そうですよ、お嬢様が安心なさるのなら、そのくらいよいではないですか」

 島村のフォローに、穂乃香は表情を明るくして「島村」と弾んだ声でその名を呼ぶ。

 だが、一方のゆかりは二人のやり取りに、頭痛を覚えてこめかみに手を当てた。

「いけません、特にこういったものは他の子の興味を引いてしまいます」

「うっ」

「そもそも、幼稚舎まではこうして島村と私で送り迎えもしますし、幼稚舎内は保育士の先生だけでなく、保安用の防犯カメラが設置され、ガードマンも常駐してますから、穂乃香お嬢様が変身しなければならないほどの危険はありません」

 正論に次ぐ正論で断言されては、穂乃香とて受け入れるしかない。

 だが、ゆかりは否定だけで終わらせることはなかった。

「そもそも、穂乃香お嬢様なら、いざという時は、変身しなくても対処できるでしょう?」

 そこには暗に魔法を使うのにステッキは必須じゃないですよねという言葉が込められている。

 穂乃香はそこに信頼にも似た響きを感じ取って「そうですね」と頷いた。

 直後に島村の発した「穂乃香お嬢様は頼もしいですね」という評価と共に上がった明るい笑い声に、穂乃香とゆかりのやり取りもそこで終わりを迎える。

 笑い声で締められたこの時の会話が、後に穂乃香の背中を押すことになろうとは、この時の3人には知る由もなかった。

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