018 幼女、もも組の一員となる
奈菜の涙を止めたことで、空気を明るくした穂乃香の姿は、正式に担任を務める藤倉あかねの目にも止まっていた。
改めて自分が三年も担当できるのだと思うと、自分の強運にガッツポーズをしたくなる思いだったが、ちょうど時間となり、新園児達も落ち着きを見せ始めたことで、副園長の司会で入園式がスタートする。
入園式は式次第に従って、園歌のお披露目、園長先生のお話と順調に進んでいった。
最後に、自分たちのクラスに分かれて、一年間使う教室への案内が終われば、予定は終了をむかえる。
「では、もも組さんは、こっちに集まってください」
あかねが大きく手を上げて、一年間担当する子供たちを呼び集める。
その中には穂乃香も、更に偶然にも奈菜も含まれていた。
入園式が始まる前のやり取りの結果、穂乃香との距離を詰めた奈菜は、笑顔で手をつないでいた。
「穂乃香ちゃんが同じクラスでよかった」
奈菜の可愛らしい笑みに、穂乃香は「そうだね」と頷きで応える。
それだけで、奈菜は一層表情を輝かせ始めた。
穂乃香と奈菜が無意識にほんわかとした空気を振りまいたお陰か、女の子を中心に、もも組はもう一クラスあるゆり組とは段違いのまとまりの早さで、あかね先頭での移動を開始する。
その移動の間も、担任のあかねが先頭を、副担任であかねの先輩でもある保育士が最後尾を担当し、ちょうど列の中間に入り込んだ穂乃香がそれとなく統率を取っていた。
多くの弟子を抱えていたかつての穂乃香には、子供と言っても差し支えない年齢の者もいたので、集団を引率するにあたっての心得は確かなもので、列を乱さないように、それでいて自由にさせるという絶妙な匙加減を発揮してみせる。
結果、あかねが心中で止めていた穂乃香の当たりくじ具合を、副担任の保育士を通じて知られることになるのだが、三年間の担当の指示は、保育士全員の同意のもとで下されているため、担任を外されることもなく皆から羨ましがられることとなった。
「では、名札を配ります。お家に帰ったらお父さんやお母さん、保護者の方にお名前を『ひらがな』で書いて貰ってください」
名札への記載の指示は、別途入園式会場で父兄に配られるプリントにも書いてあるが、あかねはめんどくさがることなく丁寧に説明をしながら、ピンク色のバッジをそれぞれに配っていく。
もも組は男子6人、女子18人の24人で構成されていて、今は男女別に6人ずつテーブルを囲むように配置された椅子に座っていた。
当面はこのメンバーで普段の学習をしていくことになるのだが、穂乃香の隣には奈菜が座っている。
榊原穂乃香と竹本奈菜、五十音順で分けられたものの、二人の間に6人もサ行の名字の子がいなかったお陰で、二人は同じグループに入っていた。
「ねぇ、穂乃香ちゃん、名札ピンクで可愛いね」
「そうだね。奈菜ちゃんに良く似合ってるよ」
「そうかなぁ、えへへ」
穂乃香の言葉に恥ずかしそうにはにかむ奈菜は、幼くてもやはり女性なのだなぁと、穂乃香に妙な実感を覚えさせた。
ということは、褒めてあげれば機嫌は良くなるだろうが、些細な言い間違いで損ねてしまうかもしれないので、発言には気を配らねばと、とても同い年のしかも同性である幼女が考えもしないであろうことを穂乃香は思い描きながら、あかねの言葉を待つ。
するとあかねは、今度は布製の表がピンク、内側が白のつば付き帽子を取り出した。
「あ、穂乃香ちゃん、帽子もピンク色だ!」
「そうだねー、きっと、もも組の印なんだね」
「そっかー」
穂乃香の言葉通り、制服ではなく運動用に体操着に着替えた時や遠足などのお出かけの時に被る帽子だと説明をしたところで、あかねはピンクの帽子も配っていく。
その帽子を受け取った子たちは早速被ってみたりと、興味津々に自分だけの帽子を手に思い思いの行動を始めた。
名札は大きいとはいえ、安全ピンが付いていて危ないので、弄らないようにと指示が出ていた反動で、注意の無かった帽子は弄ってもいいものと子供たちには認定されたのだろう。
「ね、ねえ、可愛い?」
破かれたビニール袋から取り出された帽子を早速被った奈菜にそう尋ねられて、穂乃香は吹き出しそうになりながらも堪えて「可愛いけど、注意しないとズレちゃってるよ」と奈菜の頭の帽子に手直しを加える。
自分では気づいていないようで、奈菜の帽子が斜めになって少し不格好に歪んでしまっていたのだ。
それを綺麗に整えた上で、穂乃香が「うん、いいと思うな。とっても可愛い」と褒めると、奈菜は、今度は照れ笑いではなく頬を染めてうつむいてしまう。
穂乃香がそんな奈菜を微笑ましい目で見ていると、同じグループの他の子からも穂乃香に声が掛かった。
「穂乃香ちゃん、私も帽子被りたい」
「私もー」
「お願い~」
お互いの様子を見ていたのもあって、自分ではうまく被れていないことに気付いた女の子たちが、次々と穂乃香に手直しをお願いする。
穂乃香はそれに嫌な顔一つ見せずに、一人ずつ声を掛けられたのと同じ順番で帽子を整えていった。
テンポ良く帽子を被らせていくと、すでに整えられた子同士でお互いのチェックを始めて、そこかしこから笑みがこぼれはじめる。
そうして、穂乃香のグループの全員の目が、その頭部に向かった。
穂乃香は視線の意味を理解して、自らも本当は家までしまっておくはずだった帽子のビニールを破って取り出すと、あっという間に綺麗に被ってしまう。
「あーー私が手伝ってあげたかったのに!」
プクッと可愛らしく頬を膨らます奈菜に、穂乃香は「あー」と気が回っていなかったことを自覚すると、他の女の子たちからも似たような声が上がった。
穂乃香はそれに対して、簡単な謝罪と、運動の時にお願いするからとこの場を収める。
「やくそくだよ?」
まだ頬を膨らませたままの可愛い怒り顔を見せる奈菜にそう言われて、穂乃香は素直に頷いた。
それに気を良くした奈菜は再び満面の笑みを見せると「えへへ」と可愛らしく笑う。
穂乃香は奈菜の笑顔を受け止めながら、ほんわかと胸が暖かくなるのを感じて、ゆかりたちと過ごす時とは違った安らぎを覚えた。




