013 幼女、囁かれる
率直に言えば、理解度も早く、知識もあり、落ち着いていて、応用力も高い。反面、咄嗟の事態に弱く、楽天家ゆえに細かいことは気にしないし、ほんの少し、ほんのちょっとだが、抜けている。というのが、穂乃香に対するゆかりの評価だ。
それゆえに、巧みに誘導すれば、菊一郎の真実を告げずに誘導することができるのではないかと、新組織を組み上げつつゆかりは結論付けた。
「それにしても、まだ、外出は限られた回数だからいいですが……幼稚舎に通われるまでには、完璧に近づけねばなりませんね」
ゆかりのポツリとこぼした言葉に、同意する声がゆかりの後ろから掛かる。
「でも、ゆかりの部隊なんだもの、穂乃香お嬢様の為にも、慌てず着実に組み上げましょう」
「確かに、そうなのだけど、編成のほとんどをあなたに任せてる身としては……」
「何言ってるの、貴女には穂乃香お嬢様のお傍に仕えるお役目があるんだから、副隊長を任せられたこの私、エリー・本宮に任せておきなさい」
そう言って拳を自らの胸に当ててみせたのは、ゆかりよりもはるかに小柄で、茶と金が混じったような色の髪をポニーテールに結んでいる女性というよりは、少女といった方がしっくりくる人物だ。
エリーもまたゆかりと同じくメイド服を身に纏っている。
護衛もこなせるゆかりとちがい、エリーは多少護身術が使える程度の能力しか有していない。
が、情報収集・解析、指揮能力、交渉能力など、ゆかりが決して得意でない分野の適性が高く、副官としてぜひとも欲しいとゆかり自らが声を掛けた人材である。
事実、現在組織中の部隊員の候補の履歴調査、人間性の把握、そして、選定から交渉、契約と穂乃香に仕えているゆかりの穴を十二分に補って余りある仕事をこなしている。
その上で、菊一郎の引いたボーダーラインのギリギリ内側で、穂乃香を好ましく思っているのだから、実に理想的な存在だった。
「正直、エリーが二つ返事で受けてくれて助かっているわ」
「何言ってるの、水臭い。職種は違っても、同期なんだし、なにより、穂乃香お嬢様付きは正直嬉しいわ」
エリーの発言に、ゆかりの表情が一瞬強張る。
「穂乃香お嬢様は可愛いと思うけど、ゆかりが旦那様に言われて警戒しているタイプの好きではないわよ? 正直、こんな大きなお屋敷で、家族に触れあうこともほとんどないのに、それでもまっすぐに優しく育っている彼女を見ていたら、必要ないかもしれないけれど、手を差し伸べたくなるじゃない? これを言ってしまうと不敬だとは思うけど、私は彼女を妹のように愛しく思っているのよ」
エリーの真剣な表情で告げられた心情に、ゆかりは同じく表情を引き締めて頷きで答えた。
それから、少し表情を崩して「娘ではないの?」と伝えると、エリーは軽く肩を上げて応える。
「子供を産んで育ててたら、そう思ったかもしれないわね」
「穂乃香お嬢様、プリティーウィッチ……可愛い魔女さんは、魔法を使っているのがバレてしまうと。植物に変えられてしまうみたいですね」
ゆかりは穂乃香と並んでプリッチの映像を見つめながら、そう話し掛けた。
普段、視聴中は話し掛けてこないゆかりの唐突な発言に、穂乃香は即座に何かあると感じた。
すぐに、使いこなしているリモコンを操作して、映像を停止させた。
「ゆかり?」
「少し調べたのですが、これまでの魔女さん達も、正体……つまり、魔法を使っているのが誰か知られてしまうと、カエルや犬、猫……そして今回は植物と、別の生き物に変えられてしまう様なのです」
変身モノで正体を隠す理由の王道にしてテンプレ『正体がバレたらペナルティ』は、このプリッチシリーズでも脈々と受け継がれる伝統で、実際に新魔女の追加回などで姿を変えられてしまう演出がある。
もちろん、それを見ている穂乃香も知っていることだが、新たに、改めて言われたことで、さぁっと顔を青くさせた。
「み、未成年の魔法使用の罰則が、他の生物への強制変身……ということか……」
ゆかりの行動と挙げられた事例をもとに穂乃香が導き出した結論はそれだった。
無論、魔法自体がそもそも存在していないこの世界で、そんな決まり事などないのだが、あえて真実を伝えずに誘導する手段として、副官の指導の下考え出した囁き戦法が見事に決まった瞬間だった。
「ああ、そういえば、穂乃香お嬢様?」
「は、はい?」
ゆかりの声に、事態の対処を考えるため、思考に没頭していた穂乃香が、弾かれたように顔を上げてゆかりに応える。
どこか自分に対して恐れているような穂乃香の表情に、ゆかりはチクリと胸が痛むのを感じ、一瞬黙り込んだ。
けれども、自分の苦い思いよりも穂乃香の安心を引き出すことの方が大事だと、平静を装いつつ、笑顔で囁く。
「凛華さんたちは、魔女のお婆さんが経営するお花屋さんで隠れて練習しているのでしょうね、魔法」
ゆかりにそう微笑まれて、穂乃香は、閃いた。
「そうか、皆はこっそり隠れて練習してるから、練習のシーンがないのね!」
魔法の技術を向上させるには練習あるのみなのは、穂乃香自身の実体験だ。
劇中の設定では『心の強さが魔法になる』というテーマがあるために、感情の高ぶりで魔法の威力を上げているのだが、実際に魔法を修める穂乃香からすれば、それこそありえない話なのだ。
しかして、魔法の練習シーンがないのは多少気になっていたのだが、ゆかりの発言のお陰で答えにたどり着けたと、直前の青い顔など忘れたかのように、朗らかな笑顔を見せた。
ゆかりはその表情に痛んだ胸が癒えるのを感じつつ、さらに誘導すべく囁く。
「凛華さんたちは、魔女のお婆さんに会えて幸運でしたね」
穂乃香は、その言葉に確かにと頷く。
魔女であれば、魔法を見られても問題ないし、花屋の倉庫はそれなりに広い設定だったから、そこで練習しているのは納得できる。
だが、自分にはそんな頼れる魔女もいないし、人目につかない練習場所も心当たりがない。
穂乃香は再び表情を曇らせてしまった。
「穂乃香お嬢様」
「なんですか?」
「実はこの度、地下室が綺麗に整備し終わったのですが、興味はありませんか?」
「え?」
「穂乃香様ももうすぐ幼稚舎に通われる……大人の階段を昇り始めるのですから、おひとりでいたいと思われるときもあるのではないかと」
ゆかりの意図を把握できずに戸惑いの目を見せる穂乃香に、ゆかりはなおも続ける。
「穂乃香お嬢様のお部屋はカギがありませんが、地下室には鍵のかかる部屋もあるので、一人になりたいときに使ってみてはいかがですか?」
本来3歳にも満たない少女にそんなことは言わない。
だが、エリーの発案で知能を調べてみた結果、少なくとも中学生レベルのものを穂乃香は有していた。
それに地下室には、全部屋にカメラ、マイク、温度やガスなどの感知器、化学兵器にも対抗できるクラスの空気清浄機などが備え付けられていて、遠隔監視はもちろん、緊急時の強制解放機構も有している。
カギはかかるのは事実だが、無いも同然の設備なのだ。
何かあっても対応可能で、しかも、穂乃香の魔法使用を屋敷外に秘匿できる。
急な来客に見られる心配もない。
それを踏まえて、最適な魔法の練習場所として、囁いたのだが、目論見はうまくいったようである。
「すごく興味があります!」
穂乃香は全力の笑顔と明るい声でそう言い切った。




