012 幼女、護衛部隊を新設される
「穂乃香お嬢様―、今そちらに魔女の衣装をお持ちしますね!」
遠くからの声を装って、ゆかりが声を掛けると、上にも魔法を掛けようとしていた穂乃香がピタリと動きを止めた。
「普通の子は魔法で変身なんてできませんから、用意した衣装に着替えてみてくださいねー」
実にわざとらしい一言だが、穂乃香は、ゆかりがこっそりとアドバイスをくれる存在だとわかっている。
ゆえに、その意図するところがはっきりと理解できた。
つまりは『魔法を使う年齢に達していないのに、服を変化させる魔法を使ってはいけませんよ』だ。
なんと心強い味方だろうか。
穂乃香はそう心の中で感謝しながら、再び魔力の光を変身させたスカートとブーツに纏わりつかせる。
そうして元のハートがいっぱいの靴下とワンピースに姿を戻したところで、実にタイミングよくゆかりが戻ってきた。
「お待たせしました、穂乃香お嬢様」
ゆかりは満面の笑みを浮かべて、アネモネの魔女衣装を着せられた子供サイズのトルソーを穂乃香に見せる。
その衣装を前に穂乃香は大きく頷いて、見る人が見ればやや胡散臭い、だが、子供らしいと見える笑顔で「ありがとう」と礼を述べた。
もちろん、その内訳は『教えてくれて』の比率が最も大きい。
「この映像には一切の加工がないということか」
菊一郎の言葉に、ゆかりは衛星回線越しとはいえ緊張を強いられながら頷きで答える。
「そうか、なるほど。流石は我が孫だな」
菊一郎の言葉に、ゆかりは一瞬目を丸くしてから、忙しなく瞬きを繰り返す。
ゆかりが席を外したわずかな間の出来事は、そう簡単に済ませられる内容ではない。
何しろ、ギミックこそ小道具と同じ仕様で作り上げられた魔法のステッキだが、光を放ち、穂乃香の体を包み、そして、テレビドラマのように変身してしまったのだ。
そこに、加工などは一切ない。
文字通り一部始終を撮影しただけの映像なのに、ドラマの加工済みの変身シーンそのままの映像が、凛華ではなく穂乃香主演で完成してしまっているのだ。
「えーと、それだけ……ですか?」
「うむ、これほどの才能なら、好奇の目にさらされぬよう厳重に隠匿する必要があるな」
非科学の代名詞『魔法』を目の当たりしてもなお、平然とそんなことをのたまう菊一郎に、ある種の尊敬とある種の呆れを含んだ香ばしい視線をゆかりは向けた。
しかし、宗教や政治的背景が理由とはいえ、かつてこの世界には『魔女狩り』と呼ばれる忌まわしき歴史がある。
どのみち、隠匿するという選択肢は決して間違ってはいないのだ。
「わかりました。旦那様。それで、穂乃香お嬢様にはお伝えになりますか?」
「伝える? なにを?」
「お嬢様の魔法が、現代社会ではありえないモノだという事実であるとか、あるいは旦那様がお嬢様の魔法の存在を知ったこととか……」
と繰り出されたゆかりの言葉は、カメラに大接近してモニター全体を占拠した顔の主である菊一郎の「ならん!」の一言で禁止と相成った。
「いいか、穂乃香にはすくすく伸び伸びと育って欲しいのに、駄目だなんてとても言えない」
「し、しかし、隠匿をなさるなら、協力を仰ぐ方が……」
「ゆかり」
「は、はい」
「君の手腕を心から期待している」
有無を言わさぬ一言に、ゆかりは心の内で唸る。
もとより主人の言葉に否はない。
ないのだが、すでに規格外の存在である穂乃香にようやく慣れてきたところでの新型のそれも巨大にして苛烈な爆弾だけに、素直に言えば気が重かった。
しかし、菊一郎の期待を込めた目を前にして返せる言葉など決まっているも同然なのだ。
「お任せください」
ゆかりの返事に頷くと、次いで菊一郎は「屋敷内に設置するカメラとマイクの数を増やせ、穂乃香に気付かれないように記録を残し、彼女の使う『魔法』の情報を集めろ」と真剣な眼差しで指示を与える。
「映像は、厳選し編集した上で報告書とともにワシに送ってくれ。編集、厳選はゆかりを部署長に新設する穂乃香専属の護衛部隊で行う様に」
「え……と、はい」
一瞬、目を瞬かせたゆかりはさらりと穂乃香付きの護衛部隊の責任者に収まってしまったことに驚きつつも素直に拝命する。
「あーもちろん、人選は任せるが、絶対に男は駄目だ。女性だけで構成したまえ」
「了解いたしました」
今度はしっかりと頭を下げて了承を伝えるゆかりに、菊一郎は更に真剣な顔で注文を追加した。
「幼い少女が好き、あるいは女性が好きといった性的嗜好のある者は女性スタッフであっても、入隊禁止だ」
これまで以上にドスの利いた指示に、わずかに表情を引きつらせながら、ゆかりは再び「承りました」と頭を下げて表情を誤魔化した。
そして、会話が終了し回線が切れたところで、ゆかりは少し困った顔で溜息をついた。
「これは前途多難ですね」
だが、直後に見せた表情は、実にやる気に満ちた前向きな笑顔だった。




