114 幼女、耐える
(ああああ~~~~)
周囲が真剣に見入っているので、出そうになる声を無理矢理押し殺した穂乃香は、全身を真っ赤に染めて体をピクピクさせていた。
声を上げてしまうことはたやすいが、それでは邪魔をしてしまうと、妙なところで生真面目な穂乃香は、無理やり声を押し込めている。
一方、そんな穂乃香を膝に乗せる千穂は、顔をこれでもかと蕩けさせてスクリーンに見入っていた。
演技していた時でさえ、完全に穂乃香に篭絡されてしまっていた千穂は、最初のテイクから多くシーンを抜き出していることもあって、当時の心情に近い思いを抱きながら熱く火照らせた頬に手を添え吐息を零す。
そうして、にやにやと恥ずかしがる千穂は、無意識にギュウッと穂乃香を抱きしめていた。
「空気が居たたまれない」
思わずぼそりと呟いた茉莉に、みどりが不思議そうに首を傾げる。
「いた……ってなぁに? いたいの?」
「あー違うよ、みどりちゃん軽くて可愛いから、全然平気、痛くないよ」
みどりを安心させようと声をかける茉莉は、これ幸いと画面から視線を逸らした。
放送しても問題ないレベルに編集されているので、実際のアネモネと精霊の姫の絡みはずいぶんとライトに短くなっているが、それでも、横で身悶える二人の姿を目にしている茉莉からすると、かなり居心地が悪い。
そんな状況で、意識ごとずらしてくれたみどりの心配は、グッジョブと思わず親指を上げたくなるベストタイミングと言えた。
一方、穂乃香たちを挟んで反対に座る二人組はその様子がまさしく正反対である。
メラリと嫉妬の籠った炎を目に宿し見つめる奈菜と、逆に手で隠さなければならない程、表情を緩めてしまってる彩花の視線は、少なくとも夢中という共通点で結ばれてはいても、同じものを見ているとは思えないくらいに対照的だった。
「何か、見ている方が恥ずかしくなりますね、クルミちゃん」
「本人があれだけ恥ずかしがってるしねー」
二人並んで座るアリサとクルミは、一歩引いた立ち位置で、劇中の二人も鑑賞する二人も視野に収めている。
それでも、やはり生の光景の方が及ぼす影響も、醸し出す空気も濃厚なので、なるべく視線はスクリーンに向けていた。
「これ、放送大丈夫ですかね?」
「結構カットしてるし大丈夫でしょう」
「本当ですか?」
納得できない様子で、アリサが踏み込んでくることに、嫌そうな表情を見せてから、クルミは納得させるべくしっかりとした答えを返す。
「マスター上がったってことは、一応チェック済みだし、まぁ、私達は撮影を見てるから、映像に映ってない部分も頭に浮かんでて、ピンク色が増して見えてるんだと……おもう」
「ああ」
クルミの返しに、ようやく納得したのか、頷くアリサだったが、会話の過程でより鮮明に収録シーンを思い浮かべてしまったために、二人供が耳の先を微妙に赤く染めていた。
「あ」
シーンの切り変わりは、みどりの漏らした一音で際立った。
精霊の姫の言葉に促されるようにして目を閉じたアネモネが、目を覚ますと、新たに姿を見せたみどりと奈菜の演じる精霊の少女とともにお茶会の席に座っている。
1シーン前では、アネモネの自由を奪う様に、手足に絡んでいた蔦は消え去っていて、精霊の姫の誘惑に落ちたことを暗に物語っていた。
「皆楽しそうだし、可愛いね」
みどりに小さな声で囁きかけながら、そう言って茉莉が微笑む。
そんな茉莉に対して、みどりはコクリと頷きを返しつつ、意識のほとんどはスクリーンに向いていた。
自分も初めて自分が登場したシーンを目にしたときは釘付けだったなと思いながら、茉莉も視線をスクリーンに戻すと、千穂がやらかしたシーンに差し掛かっていて、つい苦笑が浮かぶ。
「天才を惑わす天才か……」
誰にも届かないような小さな声で呟いた茉莉が視線を向けるのは、当然、穂乃香だった。
『主殿、もう限界じゃ、我の力を使うべきじゃ!』
(そうしたいけど、そうしちゃ、だめな……のっ!)
『さすが主殿、強情だの!』
羞恥に身悶えながら、穂乃香は周囲の誰も知ることもない主従での問答を繰り広げていた。
一人ならば声を出して逃げ出してしまっていたかもしれないが、千穂の膝の上にいること、そして何より心配してくれるユラという存在のお陰で、どうにかこの場に留まることを穂乃香は成し遂げている。
だが、空調完璧な榊原家の屋内だというのに、もうすでに身に着けたワンピースが、じっとりと重みをもつ程度には汗をかいてしまっている穂乃香の限界は近かった。
しかし、身内だけの試写でユラの能力という切り札を切ってしまっては、本放送では恥ずかしすぎて死ぬと断言できる穂乃香は、己の限界と戦う道を選択して耐えている。
スクリーンの中の自分は脚本通り、監督の演出意図通りに完璧に演じているというのに、それがもたらす羞恥の波の大きさに理不尽を感じながら、穂乃香はひたすらに熱を上げ続ける体を持て余しつつも、強めに唇を噛んで、ただひたすらシーンの終わりを待った。




