010 幼女、魔法のステッキを入手する
「旦那さまから贈り物です」
ゆかりはそう言って、穂乃香の目の間で厳重な梱包を解き、長細い桐の箱を取り出した。
すでにその時点で漂うやりすぎ感に表情を崩さぬように努めながら、ゆっくりと桐箱のふたを開ける。
カポッ。
乾いた音を立てて桐箱が開かれると、そこには貴重な陶器などを包む虫よけ加工の施された黄色い布でくるまれた長細い物体が収まっていた。
ワクワクと好奇に満ちた目で箱の中のものを覗き込む穂乃香の前で、ゆかりは若干緊張しつつ中のものを取り出して、居間のテーブルの上に移す。
慎重に、ていねいに、布が解かれ、全長45センチほどの一本の杖が姿を見せた。
ソプラノリコーダーほどの太さの円柱に、チュ-リップの双葉を思わせるような葉が重なった意匠の飾りの下に、穂乃香の手にぴったりな太さの持ち手、先端にはつぼみの状態のアネモネの花がついていた。
持ち手の双葉の間にある花びらが五枚ある図案化された花がスイッチになっていて、これを押すことで、つぼみのアネモネが花開いて、花の中心に設置された半透明のピンクの石が露出するようになっている。
まさに、劇中の仕様そのものの完璧な仕上がりだが、それゆえにかかった金額の恐ろしさに、ゆかりは心の中で、さすがですと思わずにはいられなかった。
一方の穂乃香は、手に入れたばかりの魔法の杖に興味津々だった。
何しろ、魔法使いへの第一歩、幼くして魔法を使うための免罪符、魔女になるための魔法道具、これで興味を引かれるなと言われる方が無理な話だ。
そもそも、穂乃香としては生涯初となるおねだりで手に入れたそれは、まさに超一流の職人が仕上げた渾身の逸品でもある。
アレルギーまで考慮された木製のステッキの精緻な出来上がりは、外見の彫りの美しさ、塗装の見事さだけでなく、花を開閉させるための内部技巧すら完璧なものだ。
現在の最高位と名高い、からくり人形師によって製作された機構は、幼女が使うことを想定し、軽い力で稼働するよう、更には可動部でケガをしないようにとの配慮もなされている。
少女向け特撮ドラマの魔法の杖でなければ、美術展に展示されてもおかしくない一品だった。
当然ながら、本物を越えてしまっているのだが、穂乃香がそこに思い至ることはない。
ただ震える手で、こちらに生きて初の自分の杖に、ただひたすらに感動していた。
「良かったですね。穂乃香お嬢様」
「ええ、本当に」
うっとりと手にした魔法のステッキを見つめながら、心ここにあらずといった雰囲気で返事を返した穂乃香だったが、急にハッと我に返った様子でゆかりを見た。
「穂乃香お嬢様?」
急に真面目な顔で見られたゆかりは驚きつつも、どうしたのかと穂乃香に向かって首をかしげた。
「お礼、お礼を忘れるところだったわ!」
「え?」
「おじい様に、お礼のお手紙をお書きしなくては!」
穂乃香にそこまで言われて、ゆかりも「ああ」と大きく頷いた。
「それは素晴らしいお考えです。旦那様もお喜びになられるでしょう」
「そうですよね! 本当は直接お伝えしたいところですけど……」
そこで表情を曇らせた穂乃香に、ゆかりは柔らかな笑みを作ってみせた。
「仕方ありません、旦那様は今はお仕事で海外にいらっしゃいますから、お帰りになられたときに、改めて直接お礼を伝えればいいのです」
ゆかりの言葉に、だが穂乃香の表情はあまり晴れてはいない。
「お会い……して、くださるかしら?」
それはいろいろ拗らせた挙句、どう接していいのか分からなくなってしまった爺側の目線で放たれた一言だったが、受け手のゆかりには、祖父との面会も数えるほどしかない幼女の不安の表れに思えて、グッと胸が苦しくなり涙腺が猛烈に刺激された。
とはいえ、それを穂乃香にも見せるわけにはいかず、無理に張り付けた笑顔で「大丈夫ですよ」と強く断言することで、どうにか誤魔化す。
「まずはお手紙、そしてお戻りになったら直接お礼を言いましょう!」
少し強めのゆかりの言葉に、穂乃香も確かにこちらから動いた方がいいなと納得して頷く。
「そうですね、そうしたいと思います」
「はい。ではいつもの道具を用意しますね」
「はい、お願いします」
魔法のステッキを大事そうに胸に抱いて、ぺこりとお辞儀をして見せた穂乃香を居間に残して、ゆかりはお手紙セットを受け取りにその場を後にする。
カリカリとお手本の平仮名の一覧表を片手にお礼の手紙を書いている穂乃香には、2台のカメラが向けられていた。
正面から穂乃香を捕らえる物とは別角度横からの絵を押さえる2台目は菊一郎の指示によるものだ。
いろんな角度で収められた穂乃香を見てみたいという主人の願望をかなえるものだが、それに対して否を唱える者など屋敷にはいないので、穂乃香の許可を得て2台体制となっている。
放っておくと、この先も台数が増えそうだったので、ゆかりはあまりに数が多いと、穂乃香お嬢様が疲れてしまいます、と既に釘は差し込んである。
もっとも当事者である穂乃香は気にした素振りも見せずに、通算2通目となる手紙を無事書き上げてみせた。
「どうかな、ゆかりさん?」
「今回もとても素晴らしい出来だと思います」
ゆかりにそう言われた穂乃香は素直に頷くと、早速とばかりに魔法の杖を取り出した。
「それじゃあ、ちょっと、使ってみます」
「はい」
穂乃香の宣言に、こくりとゆかりが頷くと、自分のモノになったばかりの魔法の杖を改めて胸に押し当てるようにして目を閉じた。




