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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第一章 幼女と新たな人生
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001 幼女、目覚める

 時折吹き抜ける風が少し肌寒くなり始め、秋が深まり始めたある日のことだった。

 空気は徐々に冷気を帯び冴えていき、木々は冬支度とばかりに赤へ黄色へと色づき始める。

 そんな季節の変わり目に、一人の幼い少女が、広くよく手入れのされた日本庭園を望む縁側に一人腰かけていた。

 黒く艶やかな髪の毛を肩まで伸ばし、暖かそうな長袖のワンピースに紺のタイツを履いている。

 そんな可愛らしい外見の幼女が、プルプルと小さなカエデのような手を見つめながら、衝撃で体を震わせていた。

 幼女の名は『榊原穂乃香』2歳、とはいえ来週訪れるハロウィーンの頃にはめでたく年を重ねる。限りなく3歳に近いわけだが、その心中はおよそその年頃の幼女が抱く様な思考とはかけ離れたものが、ものすごく恐ろしい勢いで渦巻いていた。

 なにしろ、彼女の体感で言えば、自分は昨日『死んだばかり』なのだ。

 それも、多くの弟子に囲まれ、なかなかの大往生だった。

 思い残すことがない。

 実に幸せな最期だったと自負しているのだ。

 なのに、である。

 だというのに、気付くと自分は生きていたのだ。

 しかも、見たことのない景色、見たことのない衣装、見たことのない小さな手……。

 それと同時に脳裏に浮かぶのは、これまでの自分の記憶だ。

 死を迎えるまでの自分の記憶とは明らかに鮮度の違う眩い極彩色の思い出は、経験したはずがないのに、でも、実体験なのだと妙な説得力を伴って、主張していた。

「えー。なんじゃ、これ?」

 呆然とした。

 何しろ想像もしないことが起きたのだ。

 彼女の信仰と記憶によれば、死後、その魂は神の御許に招かれ、神の使徒として、邪悪な神々の先兵を打ち倒す役目を与えられるはずだったのに、どうも自分は生きている。

 いや、転生してしまったようなのだ。

「ひょっとして、神に見放されたの……か」

 彼女の中の信仰の知識で言えば、神の園に招かれず、新たな人生を与えられる『転生』と呼ばれる道筋をたどる魂があることも知っている。

 だが、それは、やり直し宣告である。

 生き方が認められなかった魂が、神の園に拒絶されて、改めて人生のやり直しを迫られるのである。

 そして、それは、大変不名誉な事であった。

「やっぱあれかのぉ、断食の日にこっそり酒やら肉やら隠れて食べたのがバレたのかのぉ? いや、あれか、もう博打はやらぬと神に誓ったのに、こっそりと賭場で遊んだのが……」

 実にしょうもないレベルの心当たりだったが、逆に彼女は神の目の抜け目のなさに唸ることとなる。

「これはもう、諦めて、今度の人生では、真面目にやらねばならんかのぉ」

 長く人生を生きてきた経験を持つ彼女の中の人は諦めと切り替えが早い。

 何しろ長く生きればこそ、駄目なものは駄目、無理なものは無理、覆せないものは覆せないと真理として体感している。

 今の状況を考えるに、自分の人生は一度終焉を迎え、そして今新たなる体でその事実を思い出した。これは明らかにもう一周して来いというのが、神の思し召しなのだろう。

「ふぅむ」

 とても年相応とは思えない唸るような声を漏らしたところで、不意に屋敷の奥から声が掛かった。

「穂乃香お嬢様?」

 声の主は若い女性だ。

 ボヤッとはしているが、縁側に座る彼女にも聞き覚えがある。

 だが、今は神に拒絶されて、セカンドライフに突入したことに頭がいっぱいの彼女には、それに反応することも……いや、そもそも、呼ばれているのが自分だということにも思い至れなかった。

 何しろ、前世の終わりには『先生』『老師』『賢者様』とまあ、半分二つ名の様な肩書で呼ばれていて、久しく名前などで呼ばれたことなどない。

 ましてや、今や、与えられているのは別の『榊原穂乃香』という彼女には聞き慣れない名前だ。

 当然、微かに声が聞こえている程度では、自分だという自覚は生まれなかった。


「穂乃香お嬢様?」

 トンと肩に置かれた手に、穂乃香はゆっくりと顔を向けた。

 そこには古式ゆかしい『ヴィクトリアンメイド』スタイルのメイド服に身を包んだ女性のやや心配そうな顔があった。肩までで切り揃えられた黒い髪に、少し吊りがちな瞳が、メイドというよりは、護衛のような鋭さを思わせる。

 そんな鋭い印象のメイドの女性に、穂乃香は思わず怯んでしまった。

 精神はともかく、肉体は幼い。怯えた穂乃香の体は、大きな瞳をじわりと潤ませた。

 今にも泣きだしそうな怯え顔で見上げてくる少女の姿に、声を掛けたメイドの女性は心中でしまったと、己の行動に後悔を抱く。

 が……。

 それも一瞬の出来事だった。

 穂乃香は怯えを霧散させると、急に動揺しだした。

 それもかなり不可解な動揺を……。

「あ、あれじゃの、ゆかりさんや、今日はひだまりが暖かくて心地よいの!」

 目が点になった。

 まるで隠居老人が口にしそうな言葉に、ゆかりと呼ばれたメイドの女性は、どこで覚えたのだと目を丸くする。

 驚きのあまりゆかりはそのまま固まってしまった。

 それに、更に大きく動揺した穂乃香は、さらに盛大に慌てだす。

「いや、違う、違うの、えーと、あれなの、神様のことを考えていたの、うん、そうなの」

 口調と発言のたどたどしさは、確かに耳に馴染むのに、ものすごい違和感がメイド人生の長いゆかりの中で猛烈に膨らんでいく。

「ええと、どの神さまのことをお考えだったのですか?」

 榊原家は古くから続く家であり、神棚にも三柱、庭の隅には稲荷社もあり、少なくとも複数の神様をお祀りしていて、その教えは三歳目前と言えども幾度となく繰り返し教えてきたことだった。

 だというのに、穂乃香が返したのは想定もしなかった言葉だった。

「アライヤ様以外の神様がいるの!?」

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