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リングワールド  作者: seisei
序章
5/29

トレイン

 俺はポリーンが連れて行かれた避難小屋の裏側に忍び寄ると耳を壁に張り付けて中の様子を伺っていた。


「親分。なかなかの上物ですぜ。へへへ。手付かずで返すのはもったないんじゃねぇですか?」


 その下卑げびた声に反応したのだろうポリーンのひきつるような呻きが聞こえた。やはり間違い無くポリーンはここに囚われている。しかし可哀想にポリーンは相当怯えているようだ。


「黙ってろ。こいつのお初はお前ぇにはやらネェよ。お前ぇは引っ込んでろ。ふふふ」


 おそらくこの盗賊達のボスだろう、横柄に命じる声がした。


 俺はしかしその言葉に胸を撫で下ろした。なぜならその言葉でポリーンの貞操がまだ無事な事が分かったからだ。しかしこの親分らしい男のいやらしい笑い声を聞いていたらポリーンの危機が切迫しているのも事実だ。


 直ぐにでもなんとか手を打たないとポリーンの命を助けても彼女の貞操を守れないかもしれない。そんな事になったら本当に彼女を救えたとは言えない。


 俺は冷や汗を流して焦った。こんな時、何もできない自分が本当に悔しかった。


 考えてみると俺は十二歳の今になるまで何の鍛錬もせず俺が弱いのは女神アポロンがスキルをくれなかったからだと他人のせいにして来た。前世の記憶があるのにそれを全く活かせていない。悔やんでも悔やんでも悔やみきれないではないか。


 しかし今はそんな事を考えいても仕方がない。今このまま何もしなければ俺は死ぬまで悔やみ続けるだろうと思った。


 俺の子供の部分は怖くて逃げたいと言っているが、悲しいかな俺の精神の大部分を占めるコアの部分は今の現状から自分が逃げる事も隠れる事もできないのだと十分に理解している大人だった。


 こんな俺に何ができるのかと悔やむのではなく、俺が今できる最善を考え尽くす事が今の俺のすべき事だと分かっていた。


 俺は大きな溜息をついた。


「(もっともっと死ぬ程考え抜け)」


 俺は思いを新たにしてそう自分に言い聞かせるように呟くと頭を絞り始めた。少なくとも俺はただの十二歳の子供じゃない。大人の部分があるのだ。


(よく考えろ俺!)


 俺はボロ雑巾なら引きちぎれるほどに頭を絞った。おかしなことに本当に濡れ雑巾を絞ったように冷や汗が滴り落ちたてきたのには苦笑した。


(考えろ俺! もっと深く考えろ俺!)


 この時、俺はふと前世に読んだ本の内容を思い出していた。考えがまとまらない時は考えを分解してその部品毎に最善策を考えると解決策が見つかるという内容だったと思う。


 それを試してみるこにした。


 先ずは俺の今の目的は何だ? それをはっきりさせてその目的を完遂するために頭を絞るのだ。


 俺の今の目的は、ポリーンを救う事。いや違うぞ。ポリーンを襲わせない事が目的だ。


 いや。もっと正確に目標を設定するんだ俺。あやふやな目標では解決策がブレてしまうぞ。


 ポリーンにはもう直ぐ助けが来る予定だ。だから助けが来るまでポリーンが襲われ無いようにする事。それが俺の目的だ。


 そうだ。時間稼ぎをすれば良いんだ。そう俺は結論付けた。


 では、どうすれば時間稼ぎができるかだ。


 ポリーンが襲われるのは何故だ?


 それはポリーンが可愛いからだ。じゃ可愛くなければ襲われないか。いやそうでも無いだろう。女の子ってだけで危ないぞ。


 じゃあ男に……あれれ。こんな分析じゃあだめだ。俺のバカめ!


 違うアプローチ。


 男が女を襲うのはエッチだから。男は誰でもエッチか? まぁそうだがでは何故普段女の子は襲われない。俺は何故女の子を襲わない。


 ああ。その答えは簡単だ。普段の生活で女の子を襲うなんて考えもしないからだ。


 じゃあ、こいつらは何でポリーンを襲うと俺は危惧してるんだ? それはこいつらが無法者で何をしでかすか分からない奴らだからだ。しかも親分らしい男の話し振りでは今にもポリーンを襲いかねない発言をしたからだ。


 こいつらは今ポリーンをさらって興奮しているんだ。興奮していて野獣みたいになっている。


 奴らは非日常的な現状にスッポリとハマってしまって女の子を襲うくらいはやりかねない状況にいるって事だ。


 あるいは奴らの今の異常な状況を壊して日常に戻してやれば奴らも少しはまともになってポリーンを襲わないとか……いや、いや。そんな事は無理だ。それもりも今の状況をさらに壊して全然違う方向であるもっと非日常的な状況に持って行く方が現実的だ。


(おっ。ここで支離滅裂ながらどうやら答えが見えてきたようだぞ)


 奴らに何らかの突発事件を派手に起こしてやればポリーンを襲うという意識から奴らの気持ちを遠ざける事ができるだろう。


(こんな簡単な事が思い浮かばないほど俺は緊張していたんだ)


(この思考分解のやり方ってなかなか良いじゃないか。さあ。もっと掘り下げて考えるんだ俺)


 ポリーンから別の物に意識を向かわせれば良いわけだがどうやってだ。


(俺は何を持っている?)


 子供のからだに大人の頭。無能力者……


(そんな事は今はどうでもいい)


 ここは? 魔物避けの小屋だ。ここは魔物がいつ襲って来るか分からない場所だ。


 よし! 良いぞ。思い浮かんだ。魔物だよ。魔物。つまり魔物に奴らの意識を向かわせればいいのだ。


 魔物はあっちの魔の森に入ればいくらでもいるのだ。しかし都合の良い魔物を都合の良い程度におびき寄せる事は可能だろうか。いやいや今はそんな事を考えている時では無い。今は行動だ。


 ノエルが大人達を引き連れてポリーンの救援に来てくれるまで彼女に指一本触れさせてならない。


 俺は踵を返すと近道を必死で走って結界道まで戻った。


 そして俺は結界道にはめられていた結界石を無理矢理取り除く事にした。そこから魔物を近道に誘い込めば魔物を避難小屋まで誘導するのは容易いだろう。


 しかしスコップなどの道具が無いので地中に埋まった結界石を取り除くだけで重労働だった。俺は大汗をかきながら作業をしたが結構な時間がかかった。俺は非常に焦りながら作業をした。こんな事をしていたらポリーンの身が危ない。


 ようやく結果石を数メートルほど取り除いた。これで良いだろうかもっと取り除いた方が良いだろうかと一瞬迷ったが時間が無いので思い切って俺はそのまま魔の森に入って行った。


「(糞! どうやって魔物をおびき寄せんだだよ)」


 俺はそう吐き出すように呟きつつ、頭を絞った。いつもは遭遇するのを恐れている魔物をおびき寄せないと行けないのだ。


 俺は魔物が血の匂いを好きな事を思い出した。


 俺は直ぐにナイフを取り出すと躊躇わずに手の平をナイフで斬りつけた。緊張しているせいか少し深く切りすぎて血が滴り落ちた。鋭い痛みに思わず声が漏れた。


 手の平から溢れ出してきた血をナイフになすりつけた。それでも血は滴り落ちてくる。しかし今はそれどころではないので俺は血を上着になすりつけた。


 次に俺は大声で叫んだ。声で魔物をおびき寄せるんだ。


 そのまま叫びながら魔の森を山頂めがけて駆け上がって行った。血の匂いは風に運ばせないと効果が無いと思ったからだ。これも狩人の父さんから仕込んだ知識だ。


 この時、ふとノエルを呼びに街になどに行かず父のアルキを呼びに行くべきだったと後悔した。


 父さんはとても頭が良く頼りになる人だ。


 しかし今は後悔とか反省は後にして行動する事に専念するように自分を叱咤した。


 俺は懸命に道なき山を草を掻き分けて駆け上がった。


 しばらく草と悪戦苦闘していたら山頂にたどり着いた。


 俺は背伸びをしながら辺りを眺め回してみた。周囲には魔物の気配がする。俺はそう確信すると大声で叫んだ。


 血の匂いを振りまくのも、大声で叫ぶものも山頂に行くのもこの魔物の森では絶対にやっていはいけないと父さんから言われている事ばかりだ。そうすれば魔物は自然と集まる筈だと思ったのだ。


 俺のその思いに応えるかのように眼下の森のあちこちで魔物の叫び声がした。


「「「グギャギャギャ!!!」」」


「「「グギャギャギャ!!!」」」


 想像したよりも早い反応に俺は驚いた。俺はもう一度大声で叫び声を上げると転げるように斜面を駆け下りた。


「「「グギャギャギャ!!!」」」


「「「グギャギャギャ!!!」」」


 直ぐ背後に魔物の声が聞こえるような気がして俺は必死で走った。


 俺の背丈ほどもある草が俺の顔や腕を強く打ち付けて、鋭いナイフで切ったように頰やむき出しの腕に切り傷が増えて行ったが構わず俺は結界道まで走りくだった。


 結界道にたどり着くと先ほど結界石を取り除いた所に走って行き、一旦そこで立ち止まると俺は勇気をふるい起こしてもう一度精一杯の声で叫んだ。


「「「こっちだ。魔物どもめ。こっちだぞ!!!」」」


 山全体が「「「グギャギャギャ! グギャギャギャ! グギャギャギャ!!!」」」と叫んでいるかのようなそんな騒がしさが伝わってきた。


 まだ魔物の姿は見えなかった。俺は急いで結界石を外した所から近道に入った。魔物をおびき寄せるにはここが一番の難関だ。魔物をこの近道に誘導しなければならないからだ。


 俺は再度手の平を斬りつけて血を地面に滴らせるながら近道に誘導するように血を落として行った。


 そのまま避難小屋まで誘導するのだ。俺はそこで少し速度を落として背後の様子を伺った。


 大勢の魔物の走り寄る音と「ギャァ」「ギャァ」と鳴く声が直ぐ背後から聞こえた。


(((よし。うまくおびき寄せたぞ!)))


 俺は心の中で叫びながらダッシュして小屋へと向けて走った。


 直ぐに避難小屋の裏手が見えてきた。俺はここで初めて背後を振り返って見てみた。


 ギリギリ見える距離に魔物の群れが見えた。俺はわざと一度転がって地面に俺の匂いを擦りつけながら小屋の前の方まで這っていった。


 匂いで魔物達を小屋の前で見張っている盗賊達に誘導するためだ。見張りに見つからないように手のひらの血を地面に擦りつけた。


 俺は直ぐに慌てて小屋の背後に戻って行ってそのまま反対側から小屋の前の方に回って小屋の前の様子を覗いた。


 どういう訳か見張りの数が増えている。もしかしたら親分以外の全ての盗賊が外に出ているんじゃないかと俺は思った。親分とポリーンが小屋で二人きりになっているのを想像した。


(それってヤバイんじゃ)


 俺がそう考えたとき魔物達の鳴き声が聞こえてきた。


「グギャギャギャ」

「ギャギャ」

「ギャギャ」

「グギャギャギャ」



 盗賊達が魔物の鳴き声に気付いて何人かの盗賊が声のする方に走って行った。


 俺は音を立てないように血の付いた上着を脱ぐと小屋の見張りがいる所にそっと上着を投げた。うまい具合に盗賊達の直ぐ近くの足元に血だらけの服がころがったが誰も気づかなかった。


 その時。


「「「おお! なんだゴブリンが大勢襲って来たぞ!!!」」」


「「「ゴブリン。いやオークもいる。コボルドもだ。何だ、大氾濫スタンピードか?」」」


 盗賊達の叫ぶ声が聞こえた。直後、盗賊達と魔物達の立ち回りが始まった。


 盗賊達の殆どが小屋の外に出ているって事実が俺に嫌な予感を感じさせている。さっき小屋の壁に張り付いて聞いた盗賊の頭目の下卑た声が忘れられない。ポリーンが盗賊の頭目に襲われてるんじゃないかと心配で仕方がない。


 盗賊達が魔物達と激しく戦っている様子を覗くと盗賊は全部で八人。


 俺が引き連れて来た魔物はゴブリン十二匹、オーク七匹、コボルド六匹だった。こいつらは弱い魔物ながら結構な数を俺は引き連れ来たようだ。これはネットゲームの世界ではトレインと言う迷惑行為に他ならない。


 まさか俺がそんな行為を行うとは夢にも思わなかった。


 小屋の側面から攻撃してきた魔物達を迎撃するために盗賊達は小屋の前から離れている。盗賊達が魔物に気を取られている隙に俺は意を決して彼らの背後から小屋の入り口にサッと近寄り中を覗いた。


 やはり思った通りこれだけ大騒ぎになっているのに小屋の中には盗賊が一人残っていた。裸の盗賊の背中の一部が見えたのだ。


 その背中にはドラゴンの刺青が禍々しく彫り込まれていた。俺はその刺青を見た瞬間に体が凍るほど怖くなった。ビビるってやつだ。足がガクガクし力が抜けたようになった。


 直ぐに逃げたくなったが体にムチを打つ思いでその場にとどまって中の様子をよく観察するために小屋の入り口からスルリと中に入った。


 中に入ると盗賊が何をしているかが全て見えた。


 俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。正に今、ポリーンが大男に抱きすくめられ乱暴されそうになっているのだ。


 恐怖に目を大きく見開き涙を流すポリーンの顔がはっきりと見えた。


 ポリーンの両足を大きく開きその間に無理に入ろうしている大男の広い背中が見えた。ポリーンは猿ぐつわをかまされてくぐもった声で必死で叫んでいた。


「騒ぐんじゃねぇ。あいつらが魔物と戦っている間にお前の体を頂いてやらあ」


 大男が嬉しそうに言いながらポリーンの両足を掴んでいるのが見えた。


 俺は無我夢中で大男の心臓まで貫けとばかりにナイフを構えると体ごと大男の背中に突き刺した。確かな手ごたえがあった。


「「「ぎぁ! 何しやがる」」」


 大男の叫び声がした。俺のナイフは心臓には達しなかったのだろう。大男が振り向きざまに俺を殴り飛ばした。


 見るとナイフは根元から折れてナイフのつかだけが俺の手の中に有った。


「小僧。なんだテメェは?」


 大男はそう凄みながら腰から剣を抜くと俺に向かって振りかぶり力一杯の斬撃を浴びせかけてきた。


 俺にはそれがスローモーションのように感じられて俺はその剣を避けるために横に飛んだ。


 ギリギリで大男の剣を避けると大男は少し驚いた顔をしてポカンと俺を見ているだけでじっとしていた。それがスキル後硬直だったと後で理解したが戦い慣れていない俺はその絶好の好機をただじっと眺めて見ていただけだった。


 次の瞬間、スキル後硬直から脱した大男が今度は剣を横薙ぎに払ってきた。


 その剣も避け切れると思ったが避難小屋には俺がもう一度飛び退くほどの空間はなく俺は背中をしたたかに壁に当てて大男の剣を避けきれず。強い衝撃とともに剣が俺の体を引き裂いて行くのを見ている事しかできなかった。


 俺はそれで意識を失った。

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