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イノチハカリシ ~はぐれ者兄妹が綴る即死級異世界生存記~  作者: 遊瀬林吾
二章 少女と白の樹海
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異界の初夜

 

 地上のあちこちに、玉のような光が舞っている。

 風にゆらり揺れ、ぽつぽつと闇に浮かんでいる。

 見えるものといえば、それだけだった。


 俺とメイが大樹の頂上に設けられた天然のツリーハウスに避難し、世界が闇に飲まれてから、大体三十分ほどが経っていた。

 持っていたスマホはとっくに失くしていたから、計りは頼りない腹時計である。

 正確な時間は分からなかった。


 でも、今はそんなことより――



「く……!」

「スー、スー……」



 暗闇から、メイの安らかな寝息が聞こえてくる。

 一方の俺はというと、その横で体を固くして心臓バクバクでブルっていた。



(いや、暗ぇって!)



 薄々予想こそしてはいたが、ここの夜空には俺達の世界で云うところの“月”がなかった。

 そのせいで辺りは、本当の真っ暗闇だ。

 その暗さときたらもう尋常ではなく、横たえているはずの自分の体すら全く見えないぐらいだった。


 暗黒。深淵。

 世界中が完璧な闇に包まれている。

 地上をフラつく、よく分からん光の球だけを除いて。


 初めて味わう大自然の中の本物の『夜』に、今更ながら当たり前にあると思い込んでいた文明の灯りの(とうと)さを思い知る。



「メイ…まだ、起きてるか?」

「スー、スー…」



 …ほんとよく眠れるよな。

 ちょっと見ない間に、不肖の兄貴より肝が据わったようだ。

 一体、何があったのか…。


 深海の底のような暗闇に内心ビビりつつも、俺は何か今日一日の余韻(よいん)みたいなものを感じていた。

 全身疲れきっているのに、頭にだけはまだ汗ばんだ緊張が残っていて、寝付けない。

 そのせいかもしれなかった。



(…思えば、本当に散々な目に遭ったもんだよな)



 曲げた片腕を枕に、改めて思い返してみる。


 いつの間にか迷い込んでいたこの異世界で、俺は熊に似た“生物”に襲われた。

 腕を喰われて、必死に逃げようとして崖から落ちて…それで気が付いたら、川岸に打ち上げられていた。


 それから、休む間もなく人食いの木に捕まって…でも、危ないところでメイに助け出されて、今は夜を凌ぐため、こんな高い場所にいる。


 落ち着いて一つ一つ思い出してみると…よく、死なずに済んだもんだ。

 というか、一度腕をもがれてるのに何で生きているのか、正直よく分かっていない。


 謎だらけでメチャクチャで、分からないことが数多くある。

 この世界はちょっと、様子がおかしい。

 危険な“生物”がうようよしているのもそうだが、それとは別に雰囲気が変だ。

 見慣れない動植物に、白い森、金色の流れる長い川…そして、あのバカでかい紫の太陽。


 何もかもが、あまりにも俺のよく知る現実からかけ離れ過ぎている。

 少なくともここは、『ただの自然の溢れる別世界』とは違う…そんな気がしてならなかった。


 この妙な異世界に迷い込む直前、俺は神に祈っていた。

 妹の命を助けてくれと、柄にもなく居るはずもない神様に願って…そして、気が付いたらこの世界の森の中にいた。

 もしも祈りが通じて、こんな場所に来てしまったんだとしたら…俺はこの事態をどう考えたらいい?



(…分っかんねぇ)



 寝返りを打った。

 色んなことを考えてみては放り出したあと、最後に頭に浮かんだのは、残してきた命依のことだった。


 あれから、命依はどうなったのか?

 あの病室で、無事に峠を越えてくれただろうか?

 それとも、やっぱり今頃はもう――


 …やめよう。こんな暗い場所で考えることじゃない。

 それよりも、今気にすべきなのはメイの存在だ。


 寒さに体を丸めつつ、その顔を描き出してみた。

 妹の命依と瓜二つな野生児、メイ。

 性格も服装も命依とは全然違うし、言葉もロクに通じやしないが、その姿は――次いでに言えば声も――あまりに命依と似すぎている。


 現実で…つまり俺が今まで生きてきた世界で、命依が死の淵に立たされていたことを差し引いても、この出会いが偶然だとは思えない。

 とは言え、もしも神様の存在を信じるとしても、一体どういうつもりでメイを俺の元に遣わしたのかは、まるで見当もつかないが…



「ゔぁっ…おやつ…!」

「っ…!」



 闇の中、突然聞こえてきた寝言に思考が中断された。

 この野郎、人の気も知らないで健やかに愉快な夢を見やがって…。

 でも、おかげで煮詰まりかけていた気持ちが、少し楽になっていた。



(…とにかく、生き延びないとな)



 気にかかることはいくらもあるが、何を調べるにしてもまずは生き残ることが大前提だ。


 理不尽な世界だが、来てしまった以上は文句を言ってもしょうがない。

 生き延びて、生き延びて、生き延びて――そして方法を見つけて、必ず命依の待つ元の世界へ帰ってやる。


 まずは、明日から“人”を探してみよう。

 大丈夫だ、俺とメイ以外にも必ずいる。確証はある。

 一日歩けば、絶対に一人くらいは、見つかる、はず……。



「ふぁ……」



 まともに頭を働かせていられたのは、そこまでだった。


 体の一部を失い、人生で最も過酷な一日を過ごした俺は、極度の疲労から少しずつ眠りに落ちていった。

 すぐ傍にメイの気配を感じながら、底の見えない暗黒に向かって沈んでいくように――


 こうして、異世界最初の夜は名もなき大樹の上で眠る俺達を包み込んだまま、人知れず静かに更けていった。




 *****




 ――未科誠一とメイの二人が寝静まったその頃。


 夜の(とばり)が降りた森の中で、一匹の巨大な“生物”がその吐息で包み込む闇夜を濡らしていた。

 飢えた“生物”は、昼の間に狙いを定めておいた標的を追い、川沿いに並ぶ木々の間をゆっくりと闊歩(かっぽ)たる足取りで進んでいた。


 雄々しき魔獣の如き“生物”には解っていた。

 獲物との距離が、着実に縮まりつつあることを。

 最早、その儚い命が風前に晒された灯火にも等しく、己の研ぎ澄まされた爪と牙から決して逃れ得ぬことを。


 暗黒の森の中、“生物”が静かに舌なめずりをした。

 一片(ひとひら)の紙切れが、地に舞い落ちる時ほどの音も立たなかった。

 相対せずとも勝利を確信するその仕草には、この自然世界の食物連鎖の頂点に立つ捕食者としての、絶対的な自信が表れていた――




 *****




 ―――――この夜、二人(ふたつ)人間(イノチ)を巡る運命は大きく動き出し、既にその結末はほぼ決定づけられていた。

 しかし、二つの内の一つ、『未科誠一』…『セイ』がそのことを知るのは、まだまだずっと先の話である―――――

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