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イノチハカリシ ~はぐれ者兄妹が綴る即死級異世界生存記~  作者: 遊瀬林吾
一章 死の淵の再会
4/47

理不尽の果てに待っていたもの

1/1、同日修正。

文末に生物メモ追加。忘れておった…。

 

 頭が上手く働かない。

 その“生物せいぶつ”が茂みから抜け出て、10歩程の距離まで近づいて来て目を合わすまで、俺の思考は完全に止まっていた。


 ここは異世界…なら、呼んでも助けは来ないだろうな。

 …で、目の前のこいつは何だ?

 ご多聞(たぶん)に漏れず白いぞ。それでもって、でかい。

 というか、いきなり無作法な奴だな。

 そんな図体で、あんな、よだれを垂らしながら登場して…。



『…うぉう』



 と、その辺りでそいつが脈絡もなく突然吠えた。

 濁った色のよだれが靴のつま先まで撥ねたのを見て、俺は反射的に口を尖らせた。



「おいっ!」



 そのまま、「気をつけろよ!」と続けかけ――そこで俺は、ようやくそいつの物々しい雰囲気に気がついた。


 体長は尻から頭まで約3メートル。

 のそのそと近づいてきたその“生物(せいぶつ)”の姿は、よくよく見れば俺の世界でいうところの『熊』によく似ていた。


 汚いよだれをぼとぼと口の端から垂れ流しながら、熊の如き白き“生物”がのそりと寄ってくる。

 こちらを見つめるつぶらな黒い二つの瞳は、爛々と凶暴な光を放っているように見えてならない…。


 おい、まさか。

 抱いていた警戒心が危機感に変わり、全身の毛が逆立つと同時に。

 “熊”が、さっきとは比較にならない野太い雄叫びを上げた。



『ウオオオゥッ!!』



 ひゅっ、と喉から空気が漏れた。

 耳でなく、肌で感じ取った恐怖だった。


 つまり、熊だ。熊と出逢った際の対処法。

 何かで見た記憶がある。いいや、読んだ記憶だった。


 背を向けて逃げようとすると襲われる。

 死んだふりが有効というのはデマ。木登りは、木登りはどうだった? アリか? だめだ、思い出せない!

 べる、ベル、クマよけのベルを鳴らす。これもだめだ、もう近づきすぎている。じゃ、えっと――



『ウオオオオオゥッッ!!』

「うおあぁっ!?」



 何の躊躇もなく、“熊”が、その大きさからは想像もできない俊敏(しゅんびん)さでこっちに飛びかかってきた。

 俺は悲鳴を上げて、奴に背を向けた。

 まずい、と考える余裕など全くなかった。


 森の地面を伝う木の根を飛び越え、とにかくその場から必死に逃げ出そうとして――十歩といかぬうちに、背中に強い衝撃を感じた。

 ビリビリベリッ、と布地の裂ける嫌な音がして、間髪入れずに右の肩甲骨の下辺りに焼けるような痛みが走った。



「がっ…!?」



 短く叫び、吹っ飛ばされるようにして地面を転がされる。



(立つんだ! 追いつかれる!)



 だが、俺が地面に這いつくばった姿勢から素早く顔を上げた時、全てはもう終わっていた。



「う――」



 悲鳴を上げる間さえなく。

 牙を剥いた“熊”が、とっさにかざした俺の右腕の付け根に何の遠慮もなく咬みついた。



「あっ――ああああああああぎぁぎぎぃぃあああああああぁぁぁっっ?!」



 阿鼻叫喚(あびきょうかん)

 むせかえるような肉汁の臭いの直後に、腕の肉を抉り取られる痛みが脳幹を貫いた。

 咬まれた腕から血が飛び散り、服と白い土を赤く汚す。

 “熊”はその太い両腕でがっちりと俺の腕を掴み、強靭な顎と鋭い牙で見事に喰らいついていた。


 顔面を蹴りまくったが、ビクともしない。

 丸めた広告チラシか何かのように、捕らえられた腕がくしゃっと折れたのを見て、俺は無我夢中で身体を引いた。

 それが、いけなかった。


 腕をその場に残し後ろに跳んだ俺の体は、気がつくと崖を越え、地面の無い空中に投げ出されていた。

 反転する視界の中、熊の如き“生物”が崖の寸前で立ち止まっているのが目に入る。…どうでもいいのに、悔しくて思わず舌打ちしそうになった。


 強烈に吹き上げる風の中、落ちていく体にじわじわと重さがかかる。

 どことなく中庸(ちゅうよう)な未来を連想させる灰色の空を見上げながら、俺は頭から崖下へ落下し、そのまま意識を失った。 




 *****




 それから――ふと目を覚ますと、俺は黄土色に鈍い輝きを放つ川の(ほとり)に、ずぶ濡れになった半身を横たえていた。

 腰から下は緩やかな川の流れに浸かっていた。

 水の中では、奇妙な形をした魚が服を着た異物(オレ)を避けるように泳いでいる。

 周囲の景色は変わらず、あの白い森だった。



(そうか、あの川が崖の真下に…それで、落ちて流されて…)



 そこまで状況を把握(はあく)したところで、右肩から大量の血が川に流れ出ているのに気がついた。


 捨ててきた腕は付いていなかった。

 次にどうするか考える前に、寒気を覚えて胴が震えた。

 血が流れ続けている。

 止まらない。


 額から血の気が引いていく。

 よく見れば体中が傷だらけだった。

 着ていた学生服は、そこら中破れて焼け落ちたようになっている。

 救急車…と考えかけて、当たり前にポケットの中からスマホが消えているのに気がついた。


 いやに甘い、むっとするような臭いに顔を傾けると、血まみれになった右肩の辺りにいつの間にか得体の知れない緑色の触手が絡みついていた。



「あっ…ぐ、うぅ…!」



 身をよじり逃れようとしたが、ダメだった。

 抵抗空しく、クラゲの足のように広がったそれに体ごと持ち上げられ、川べりに立っていた大きな木の(みき)にくくり付けられる。

 暴れても、無駄だった。



 《カラ、カラ、カラ――》



 木の葉の舞う軽い音に混じり、硬質で乾いた音が頭上から聞こえた。

 見上げてそれを見つけた瞬間、世界中がしんと静まり返った気がした。


 俺を縛る大木の、集まった枝葉の群れの中。

 そこには、まるで果物の実のように無数の骸骨が()っていた。

 小動物のものらしき折り畳まれた小さな骨から、でたらめに羽を曲げられたでかい鳥の亡骸(なきがら)まで、様々な動物の消化されたあとに残った()()()()が、骨格標本の見本市が如く吊り下げられている。


 そして、その中には――明らかに人間のものと思われる頭蓋骨も()じっていた。



「…………」



 敵意。悪意。害意。殺意。

 また、“生物”。

 慈悲なんてカケラもない、無情な『現実』。

 縛られて身動きの出来ないまま、俺は悟った。



「あぁ…そうかよ。結局、助かんねーのかよっ…」



 久し振りだ…こんな、汚い言葉遣いは。

 命依に聞かれたらきっと怒られる。

 でも、もう俺は構わなかった。



「何だよ…九死に一生ってやつじゃねーのかよ。どいつもこいつも、寄ってたかってっ…!」



『すぐヤケになっちゃダメっ!』

『すぐキレて喧嘩腰になっちゃダメっ! お兄ちゃん、見た目は悪くないんだから――』



 まだ鮮明に思い出せる、元気な頃の命依の言葉が蘇る。


 命依は…あいつは口うるさい。

 俺にだけ、口うるさい。

 その命依の言いつけだった。



『言葉遣いはもっと丁寧にするの。いつもいつもそんな調子じゃ、お兄ちゃん、高校入っても友達出来ないよ――』



 俺としては命依さえいれば他はどうでもよかったのだが…妹の命依が喜んでくれるのならと、それからは出来る限りいわゆる『品性』とやらに気をつけて喋るよう努めてきた。


 だが…もう、それもどうでもいい。


 命依はアクセル全開でイキってた頭のおかしいクズ野郎に轢かれちまった。何にも悪いことなんてしちゃいねぇのに、今頃はもう、この世には…。

 そして俺は、結局何もかもワケ分かんねぇまま、ここでゴミみてーにくたばるオチだ。



「……クソがっ」



 理不尽だ。

 あまりにも、理不尽すぎる。



「ふざけんなッ…何だよ? なんなんだよこれはッ、アァッ!?」



 下手に大声を出せば、またさっきのような猛獣を呼び寄せてしまうかもしれない。

 それでも俺は構わず吠えた。

 空に向けて、世界に向けて。

 ただ(ほとばし)る感情の(おもむ)くままに、吠え続けた。



「ざッけんなッッ!! あァッ!? ちくしょうッ! クソ、離せよ、クソォッ!」



 意味のない、誰にも届かぬ叫びでも。



「何でこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ!! ふざけんなッ!」



 みっともない、負け犬の遠吠えでも。



「俺がっ、命依がっ、何したってんだよ!! クソッ、野郎ォォッ!!」



 それだけが、どこまでも理不尽に満ちた世界に対する、俺に出来る最期の抵抗だった。



「ああああああああああっ!! ……あ?」



 《チャポン》



 (わめ)いていると、川の水が撥ねる音が聞こえた。


 やっぱ、何か呼んじまったか。

 ……知るか、何でも来やがれっ!

 投げやりな思いで、(はりつけ)にされた木の幹から金色に光る水面に刺さった木の枝を見下ろした。



 《ザッ、ザッ、ザザッ――》



 一回、滑るような音がして。

 トンっ、と軽い音と一緒に、川をみ対岸に並んだ木立(こだち)の奥から、叫び声に誘われた“生物”が姿を現した。



「おお~~…!」



 ノミが来ようが熊が来ようが、どうせ死ぬことに違いはねぇ――そんな風に高と腹を括っていた俺は、やってきた“そいつ”の姿を認めたその刹那(せつな)――あまりの衝撃に目を見張った。



「あっ……?!」



 黒いセミロングの髪に細身の体。澄んだ二重の大きな瞳。

 ありえない。

 だが、見間違えるはずもない。


 金色の川を飛び越え、捕らわれた俺の正面に二本足で立った“そいつ”の姿は、紛れもなく()()で――


 もう二度と会えないと解っていた、俺のたった一人の家族(いもうと)

 未科(みしな)命依(めい)に違いなかった。




 一章 「死の淵の再会」 終わり






          *** *** *** *** ***






《異世界生物メモ Ⅰ》



No01.巨大ノミ 体長10~30cm


よく熟れたスイカほどもある、やたらと大きなノミ。

青白い三角形の体で、触手がうねうね。気持ち悪い。



No02.熊の如き白き肉食獣 体長約3m


熊によく似ていた大型の肉食獣。

体長3メートルくらいあって、鋭い爪と牙を持っている。

茶髪に小麦粉でもぶっかけたみたいな模様が特徴。

人間を見るなり襲ってくる凶暴な奴。見つかっちまったら崖に飛べ!



No3.人食いの木【ヤドラセ】


食虫植物…ならぬ、食人植物。

見た目は普通の木と変わらないが、こいつも人を食べる危険な”生物”なので要注意。

触手にさえ気を付けていれば捕まりはしない。

しかし、一度触られると…身体に何か、植え付けられる?




一章はここまでで終了です。

次話から二章が始まります。本番です。探検します。人も動物もいっぱい出ます。


ここまで読んで下さった方々、どうもありがとうございました!

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