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イノチハカリシ ~はぐれ者兄妹が綴る即死級異世界生存記~  作者: 遊瀬林吾
一章 死の淵の再会
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見慣れぬ白い森


 不思議な場所だ。

 一面、白くまぶしてあるのに、不思議と寒々しい感じはしない。

 見当を付けた方向に歩き出した俺は、周りを囲むわけのわからない大自然をてきとうに観察しつつ、交互に繰り出す足の動きを徐々に速めていた。


 過ぎていく足元には、所々に異様に曲がりくねった茎を持つ紫色の花が咲いており、行く手を遮る茂みの数々はどれも風景に合わせたように半端に白く染まっている。

 わずかな下り坂を、それらを避けて降りながら、俺は不安が増すのを抑えられずにいた。


 これじゃ、まるでファンタジー系のゲームの森だ。

 本当にここは現実なのか?

 下手に動かないで、助けを呼ぶ方が賢明だったかも…。



「あ!」



 自分の行動に迷いを抱きかけたその時、俺はある物の存在を思い出して立ち止まった。

 左手を学生服のズボンのポケットに突っ込む。即、手にはたしかな感触。



「そうだ、これがあったんだ! これこれ!」



 コンパクトな文明の利器――自前のスマートフォンを取り出すと、画面をすぐにタップした。

 途端に四角い液晶が明るく照らされる。

 よし、使えるな…!


 だが嬉々として操作を始めたもののすぐに、俺は握っている最先端技術を詰め込んだその塊が、何の役にも立たないことを知った。

 スマホには新しいメッセージや通話履歴はなく、さらにアンテナが1本も立っていなかったのだ。


 これでは形なしだ。

 オフラインで写真でも撮るか、日記アプリでもいじくる位しか、使い道がない。

 分かったことといえば、ここが電波もろくに届かないくらいの山奥で、時計は夜のままほぼ進んでおらず使えない、という程度の事柄だけだった。


 意気消沈しつつ、それでもダメ元で110番をかけようとフリック入力を始めかけたその時、足元に妙なものがいるのに気がついた。



「ん…?」



 画面から焦点をずらした視線の先に……“ノミ”がいた。

 スイカほどの大きさのノミが1匹、いつの間にか足元にすり寄っている。


 束の間の思考停止。

 え…おい、ちょっと待てよ。



「うおぉっ!?」



 ごく短いフリーズの後、慌てて叫んで飛びずさる。

 履いていた革靴のつま先に弾かれて、巨大ノミが力なく向こうの茂みまで転がっていく。

 間髪入れずに触っていた足を上げ、状態を確かめた。


 よかった、服は破れていない。

 怪我もないようだ。


 自分の身の安全を確かめると、改めて蹴っ飛ばしたノミの方を見やった。

 ふにゃけた三角形に、青白い奇妙な肌模様。

 そして、うねうねと脈打つ触手のような足。

 子供の頃読んだ覚えのあるどんな生物図鑑にも、こんな生き物の見覚えはない。


 得体のしれない気味の悪さに俺が一歩後ずさると同時に、体勢を立て直したノミの背後の茂みから、もう一匹同じ仲間が現れた。

 二匹のノミがゆっくりと、だが確実に、俺の方にずるずると迫ってくる。


 何だ…何なんだ…!?

 あまりにも不気味で、俺はそいつらから背を向け駆け出した。

 形容しがたい恐怖をその場に置いていくために、何も考えないようにして生暖かい風だけを頼りに駆け続けた。




 …それから、どれくらい走っただろうか。

 時間にしてみれば、案外ほんの1、2分だったかもしれない。

 吸って吐いてを繰り返す息遣いが途切れ途切れになり始めた頃、前方の木立に切れ目を見つけた。



(あれだ、出口に違いない!)



 しかし、木の根を勢いよく飛び越えた俺の両足は1歩進むごとに遅くなり、やがてゼンマイが切れたおもちゃのように立ち止まった。

 森の切れ間…と思いかけたそこは出口などではなく、ただの突き出た急な崖だった。


 だが、そのことに落胆している暇などなかった。

 吹き抜けてゆく風を受けながら、俺は崖の向こうに広がっているその光景に目を奪われた。


 絶景だ。

 それも、絶望的なほどに。


 崖の向こうにあったのは、薄い灰色の空の下、雄大に広がる奇妙な大自然の景色だった。


 今駆けてきたばかりの白い森が崖下から景色のまだずっと向こうまで続いており、その広大な面積を黄土色に輝く大河が縦に割いていた。

 奥に成す地平線には、深い霧のようなものに覆われた山脈が、風景を楽しもうとする者の視界を通せんぼするように連なってそびえ立っている。



「……!」



 見たこともない圧倒されるような景色を見渡す内に、俺は森を流れる黄土色の川沿いの一ヵ所に小さな建物の集まりを見つけた。

 目を凝らして確かめようとしたが、ここからは遠すぎて人工物なのかどうかよく分からない。



 《―――――》



 ――と、そこで急に何かの気配を感じ、俺はその場で振り返った。

 そして、今度こそ言葉を失った。


 走り抜けてきた森の上、雲一つない灰空の真ん中に綺麗な月が浮かんでいる。

 そいつは木星のように巨大で、見るも鮮やかな『紫色』に輝いていた。


 あざ笑うかのように見下ろす満月の下で、絶句して立ち(すく)む。

 この時、俺はようやく自分のいる場所がどこかを知った。



(地球じゃ……ない)



 俺が知る限り、あらゆる言葉でこの場所を簡潔に言い表すなら、そう、ここは多分――


 “異世界”だ。




 ガサリ、と葉をける音がして。

 視界の端に生えていた茂みの奥から、何かが俺の前に姿を現した。

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