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イノチハカリシ ~はぐれ者兄妹が綴る即死級異世界生存記~  作者: 遊瀬林吾
一章 死の淵の再会
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プロローグ 三途敷病院


 白い壁、白い床、白い包帯。

 俺はただ、空洞のような瞳でその景色をぼぅっと見つめている。



 2018年1月1日、元日。

 新たな年の到来に酔い浮かれる世間の片隅で、高校二年生の未科(みしな)誠一(せいいち)は抜け殻のようになって、椅子(いす)にへたり込んでいた。


 ここは三途敷(さんずしき)病院。

 誠一が住んでいる町の中で、一番大きい病院だ。

 町では唯一整った医療施設を完備している公立病院だけあって利用者は多く、院内は常に体のどこかを悪くした人々でごった返している。


 しかし、普段なら当たり前のその喧騒(けんそう)も、正月の今だけは遠かった。

 ひっそりとした廊下の果てには、閉ざされた扉の隣で長椅子に座り込む誠一以外に人影はなかった。

 時折聞こえる、コツ、コツという色味の無い看護師の足音だけが、この寂しい終点を辛うじて世界の端っこに繋ぎ止めている。



 仄かな電灯の光が、(つや)の薄いリノリウムの床を灰色に染め上げている。

 ポケットに入れてあるスマートフォンの画面が、人知れず18:00を回った。


 そろそろ、家に帰らないといけない。

 ぼんやりと頭の片隅でそう考えたものの、誠一の体は長椅子のクッションに深く沈み込んだまま、一向に立ち上がろうとしなかった。


 …理由は簡単だ。

 誰もいない家に、帰る気など起こらない。

 誠一は今、一人ぼっちだった。


 すぐ側の壁に掛かっている病室のネームプレートには、『302 未科みしな命依(めい)』という現実感の無い文字列が並んでいた。

 それは未科(みしな)誠一(せいいち)という人間にとって最も大事でかけがえのない、たった一人の家族の名前だった。



「なんでっ……!」



 思い出し、抑えがたい激情が口から溢れ出る。


 聖なる夜の路上、交差点でのひき逃げ事故。

 男女二人が怪我を負い、内一名、女性の方が意識不明の重体。

 犯人の車と思われる外車は逃走、消息は未だ不明。


 つい1週間前の、全国紙のトップを飾った記事の内容だ。

 TVでは、被害者が二人共未成年のカップル(本当は兄妹なのだが)ということで、この事故(ひげき)のニュースを少々センセーショナルに脚色して――つまり、ありきたりに報道を続けていた。



 全くありきたりで、ありふれた話だった。

 轢かれたのが、俺と命依でなければ。



 ひき逃げ事故を通報したのは俺自身だ。

 訳も分からず宙を舞い地面に激突した後、皮肉にも持っていた最新式のスマホだけは難を逃れていたのだ。


 俺の怪我は、利き腕とは逆の腕を折るだけで済んだ。

 だが、命依は…。



 あまりのやりきれなさに胸が苦しくなり、うつむいたまま、どっと息を吐き出した。

 魂が色濃く混じったそれは静寂の中、乾燥した空気の中に意味もなく白く溶けていった。



 …叫び出したかった。

 怒り、悲しみ、憎しみ、後悔。

 あらゆる負の感情が今にも胸を裂いて、知らん顔で(うたげ)(ふけ)る世界に向かい、噴き出しそうになる。



(なんで、どうして命依なんだっ!!)



 一体、命依が何したっていうんだ?

 物ぐさな俺がまだ信号が赤い内に道路を横切ろうとすると、いつも決まってムッとした顔を作り、ぎゅっと引き留めてくれる頼れる妹だ。

 あの時だって、ちゃんと安全な筈の青い灯りを待って、白線の上を並んで歩いていたのにっ……!


 現実は、これでもかというくらいに全く容赦がなかった。

 三途敷病院に救急搬送された命依の状態は、快復するどころか、刻一刻と悪くなっていった。

 つい24時間前、担当の医者は「正直、かなり厳しい状態であると言わざるを得ません」と何も面白くない冗談を大真面目な顔で俺に告げていた…。




 2018年、1月1日。

 新年最初の月が輝く、今夜が命依の山場だった。

 撥ね飛ばされたあの時からまだ一度も目覚めていない命依が、今夜息を吹き返す確率は限りなく0%に近い。

 全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、たくさんのチューブを挿された命依の青白い幽霊のような顔を見れば、専門知識のない俺にも十分すぎるほどに、もうどんな名医でも手の施しようがないのはよく分かった。



 俺には何も出来ない。

 せめて死にゆくメイの出来るだけ近くにいてやりたくて、押し込められた自分の病室から脱け出してここにいる。

 そんな気休め程度のことしかしてやれない自分を、残された時の中延々と呪い続けていた。



「くそっ…クソォッ、命依っ…!」



 しかし、どれだけ嘆いたところで己の無力さに慣れることはない。

 ――気が付くと、誠一は神に祈っていた。


 元来リアリスティックな思考を備える誠一は、神の存在など信じたことはない。

 これまでもそうだし、これからもきっとそうだろう。

 それでも、今この時だけは――たとえどんなに滑稽であろうと、誠一は顔すら知らない神様にすがりつくのを止められなかった。



「頼むよ…助けてくれよっ…!」



 震える声で救いを求める。

 こけた頬の両側には、いつしか大粒の涙が溢れていた。



「たった一人の家族なんだ…! 神様…もし本当にいるんなら、こんなのあんまりだってアンタも思うだろ?」

「…………」

「お願いだから、命依を助けてくれよ…! 俺を生かしたみたいに、救ってくれよっっ――!!」



 廊下は、しんと静まり返っていた。

 動くものはない。

 そこに神様は()らず、当たり前に奇跡など起こりはしなかった。

 

 ただし――祈りを捧げた未科(みしな)誠一(せいいち)という人間の肉体カラダは、その瞬間、世界から消え去っていた。

初めまして、遊瀬林吾と言います。

なろうでの小説の執筆は初めてな為、色々拙い部分があるかと思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。


一章はほぼ前座なので控えめな展開が続きますが、二章から本格的に話が動いていきます。

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