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追う者と追われる者④

 ユリアスが目覚めたのは、時計の短針が12を過ぎたころだった。

 ぼんやりした意識の中で、ユリアスは身支度を静かに済ませ、誰にも気づかれないように、そろそろと階段を降りた。

 あんだけ騒いでいたナナリーは母親と一緒に買い出しへ、レオンハルトも出かけてしまっていた。


「坊っちゃん、お体の具合はどうですか? なかなか起きてこられないからみなさん心配なさっていて……」

「あ、うん、大丈夫だから。なんか、疲れてたみたい」

「お出かけですか?」

「うん、あのさ、これを兄上に渡しておいてくれないかな?」

 ユリアスは侍女にメモを預け、外套がいとうを羽織り、玄関のドアを開けた。


 外は昨日よりずっと寒く、雪が5センチほど積もっていた。

 厩へ行き、手袋をはめ、馬にまたがり、森に向かって馬を走らせる。

 

 真っ白に染まった田畑――

 これではスズランカを栽培しているのかわからない。

 でも、ユリアスにははっきりとその場所がわかった。

 

 白い息を吐くたびに、ユリアスの意識はクリアになっていく。

 ずっとずっと長い夢を見ていた気分だ。

 手縄を握るこの手の感覚も、肌で感じるこの寒さも昨日までと全く違うようだった。

 生まれ変わったのか、目覚めたのか――ぼんやりとユリアスは記憶を巻き戻す。


 そして、教会のそばの小屋と呼ぶには大きな建物の前に馬を止めた。

 手縄を木につなぎ、小屋の扉をノックした。



「はい、もう来られ――」

 扉を開けたのは中年の小太りの女だった。


「こんにちは。少し中を見せてもらってもよろしいですか?」

 ユリアスは、側仕えの身分証を見せながら、強引に中へ入る。


「ちょっと、あんた、なんだい!? 」

「ここでスズランカを栽培していますよね? 少し分けてほしいと思いまして」

「スズランカ? 何だいそれ? そんなものうちでは育ててないよ! さっさと帰っておくれ!」

 中年の女性が中へ進もうとするユリアスの腕を掴み言い放つが、ユリアスはそれにひるむことなく、その手を払い奥へ進む。

「ちょっと!」

「おい! どうした?」

 すると、中からもうひとり、中年の男が騒ぎを聞きつけてやってきた。

 その男はやってくるなり、ユリアスを睨みつけ、「こいつはなんだ」と女に向かって怒鳴った。

「あたしも、しらないよ。王宮の紋章を持ってる」

「王宮? お前、なんの用だ?!」

「スズランカを見せていただきたいのです」

「スズランカ?そんなもの、うちにはない!」

「そうですか……じゃあ、『忘却草』は?」


 女と男は目を見開き互いを見た。

 ユリアスは淡々と続ける。


「スズランカはかつて医療現場では『忘却草』として麻酔代わりに使われていた。でも、その効能は強く副作用で記憶喪失や記憶障害を引き起こすことがあり、危険性の高い薬草として、栽培禁止になった。副作用のない麻酔薬が開発されてから、もう過去の薬草としてみんなの記憶から薄れていったから、その名前を知っているものはごく少数。栽培もとても難しく、暑さや寒さに弱いから、普通の人では育てられない。スズランカは一種の麻薬だから、裏社会ではそりゃ高く取引されている」

「だからなんだ。俺らはちゃんと上から委託されて栽培しているんだ! 違法なんかじゃない!」

「そうですね。栽培は確かに。でも、横流しするのはよくないなぁ。一体誰に売ったんです?」


 ユリアスは勢いよく内扉を開けた。

 その奥は温室で、スズランカの畑が続いていたが、茶色い部分が目立っている。

 そして、まだ収穫されていないスズランカの苗を見ると小さく、しなびていて元気がない。

 

 やっぱり――ユリアスは茶色の土を見て確信した。

 

「ここの本当の主人はどこですか?」

「おいおい、俺がここの主人だが?」

「スズランカ、しなびてますよ? あんたプロだろ? じゃあ、ちゃんと育てろよ!」


 今までの丁寧な口調から一変、低い声でユリアスは言い放つ。

 その瞬間、男は腰からナイフを抜き、ユリアスに襲いかかった。


「殺してやる!」


 ユリアスはすぐさま身をかがみ、男の後ろへ回り、自らも剣を抜いた。

 そして、男の首元に腕を回し、剣を突きつける。


「改めて聞く。ここの主人はどこへやった? いえば、命は助けてやる」

「クククク……助けてやる? お前、馬鹿か? 」


 ユリアスが視線を扉の方に向けると、何人かの男がずらずらと剣やナイフを片手に中へ入ってきた。

 人質をとっているが、明らかにこれではユリアスが不利だ。

 ユリアスは、男の喉仏に剣をあてつつ、人数を確認した。


(6人か……思ったより多いな……)


 その中に、見たことのある顔を見つけた。

 


 



 


 

 

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