追う者と追われる者③
(まさか、あの少年が賢者だと――? ラザフォードに知られでもしたら……)
シュナイゼルは、自室に戻るなり、すぐさま自分の側近にユリアスの居場所を探すよう命じた。
事態は一刻を争う。
帝国議会にラザフォードがユリアスを連れてきたら、こちらの負けが確定してしまう。
でも、彼が現れなければ、こちらが勝つ。
そう、単純な試合だ。
ユリアスが本物の賢者なら、さっさと処分するまで。
部屋に不気味な笑い声が響き渡った。
「ハインツ、いるか?」
「はい、シュナイゼル殿下」
「ラザフォードの様子はどうなっている? 投獄されたか?」
「いえ。嫌疑は晴れていませんが、第一皇子なので取り調べも難航しているようです」
「そうか。では、そろそろとどめをささす頃合いだな」
「とどめですか? どうやって……」
眉をひそめ尋ねるハインツに、側によれと、人差し指を上にむけ動かした。
明るかった部屋に急に影が落ちる。
シュナイゼルは近寄ったハインツの襟元を引張り、「小麦泥棒の嫌疑じゃなくても構わない。とにかくあちら側が下手に動けないようにしろ……兄上に仕えている者共な……」と、耳元で囁いた。
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事が大きく動き出している一方で、東宮では相変わらずラザフォードとカイルの間で、同じ会話が繰り返されていた。
「嫌疑を晴らすには、犯人を探し出さないと。犯人の検討はついているんでしょう?」
「黒幕はな……でも、証拠がない」
「ってか、小麦泥棒事件なんてどうして関わったんですか? 百害あって一理無しだった。役人にまかせておくべきだったんだよ、ラズ」
カイルはブツブツ言いながら、ひたすら嘆願書を開き、ペンを走らせている。
もう一人の相方は、しばらく見ていない。
もう探すことも諦めたから、いないものとしてみなすことに。
期待をして裏切られるくらいなら、初めから期待しないことを、カイルはやっと悟ったのだ。
「そんなことはない。あの集落が表に出るといろいろな問題がでてくるんだ。大切なものを隠しておく場所だからね。小麦泥棒なんて事件が大事になったら、彼らを野放しにはできない。そうなると、集落が存続できなくなり、彼らの文化や伝統が消失する」
「そんなに貴重な伝統があるわけ……?」
「ああ……賢者がいない『空白』を埋められる魔力があそこにはあるからね。それを黒幕は知って、小麦泥棒という手段を仕込んだとは思えないが、『偶然』ではないんだろうな…あの方から言わせると」
「あの方って?」
「秘密……」
はぁ? と眉間にしわを寄せ口をポカリ開けて、カイルはラザフォードを睨みつけているが、知らぬ顔をして、ラザフォードは資料をめくっていく。
「そろそろ、あちら側もとどめを指してくる頃だが……いかんせん、首謀者を突き止められてないからな。こういうときに、ユリアスがいれ――」
自分で口にした名前に気づいて、口を閉ざす。
ユリアスが出ていってから、考えるのは止めたはずなのに。
「戻ってきてほしいのでしょう? 迎えに行かせましょうか?」とカイルが立ち上がり、空になっていたカップを回収し温かいお茶を注いだ。
「自ら出ていった者を迎えに行ったところで、無駄足だ」
「でも、せめて彼に起こったこととあなたがしたことを伝えるべきなのでは? ユリアスは子どもじゃない。それに、賢いでしょう? 自分の運命を受け止められるはず。どうして、信じてあげないんだ?」
「壊れたら取り返しがつかないから……この国が終わる」
「終わらない。あなたが皇帝になって終わらせなければいい。まぁ、ユリアスがこの国を壊す前に、シュナイゼル殿下がこの国を壊すだろうね」
だれもいないことをいいことに、第一皇子の前で、カイルは辛辣なことを言い放っていく。
自分に媚びないそんなカイルがラザフォードは好きだ。
かれは本当に信頼に値する人物だから、ずっとそばにいてほしい。
それはレイフォードに対しても同じだし、ユリアスに対してもそうだったのに、うまくいかない。
「記憶を消したのは間違いだったのだろうか……あの日、出会わなければ……」
「それを決めるのは、ラズじゃない。ユリアスだ。ちゃんと伝えてごらんよ。ラズはユリアスの父を殺してはいない。あれは事故みたいなものだったと、ちゃんと事実を――」
カイルが入れたお茶はまだ温かい。
外には雪がちらついている。




