追う者と追われる者①
「やあ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「えっと…あなたがいるということは、これは夢…?」
「まぁ、そうなるね。まぁ、立ち話もなんだから、そこに座りたまえ」
黒髪に蒼い目をした男は突っ立っているユリアスをひらひらと手招きし、自分と向かい合っている椅子に座るよう仕向けた。
そして、テーブルに置かれていたカップに紅茶を注ぎ、ユリアスに渡す。
「お茶菓子もあるから、どうぞ」
「ありがとうございます」
「で、どうだい、最近は? 少しでも自分と向き合う覚悟はできたかい?」
ニコニコとユリアスを見ながら紅茶をすすっているその男は、一体何者なのか、ユリアスには今も検討もつかないが、彼はどうやら自分よりも『ユリアス』という人物のことをよく知っているよう。
自分自身の記憶に自信が持てない今、頼りになる気がするが、信用しすぎるのもいけない。
「自分と向き合ってみたけど、何も思い出せません」
「何を思い出したいんだい?」
「何をって、そりゃ、父が死んだ時のことですよ。その記憶さえあれば、真実がわかるのに…」
「真実がわかって、思い描いていた事実とは違ったら、どうする?」
コチコチと時計の針が動く音が部屋に響いている。
この部屋は、匂いも明るさも、家具の配置の全てに懐かしさを覚えていたが、
彼の言葉ひとつで、それは自分の勘違いな気がしてきた。
無くしてしまった記憶のピース。
それをはめこむ絵自体が自分の想像の絵だから、ちゃんとピースははまらないだろう。
「事実と違っていても、ちゃんと受け止めたいです……このままだと、色んな人を巻き込んで、傷つける気がします。だから、教えてください。僕が忘れている全てを」
「知れば、君は今の暮らしを続けられなくなるよ? 色んな人たちとの関係性も変わってくるけど、それも構わないのかい?」
ユリアスは静かに目蓋を閉じ、自分の鼓動を聞いた。
コチコチと響く部屋の時計の針と、同じように動いている。
速くもなく、遅くもなく、淡々と刻んている自分の心臓の鼓動を聞いて、ああ、思っているより落ち着いているのだと客観的に思った。
そして、目を開け、目の前の男を見据えた。
「構いません。このまま何も知らないより、ずっといい」
ユリアスの覚悟を聞いた『名無しの男』は、すっと立ち上がり、ユリアスの首から下げていたネックレスを首元から取り出して左手で握り、右手の人差し指をユリアスの額に押し当てた。
『汝に眠りし過去の扉、いまこそ開放し、主に戻せ――』
急に現れたまばゆい光が、一瞬で部屋を覆い尽くす。
ユリアスはその眩しさに、思わず目を閉じた。
すると、同時に、数々の映像が脳内に流れ込んでくる。
(これって……僕の…過去の……?!)
「おっと!」
その場に崩れたユリアスを、名無しの男は受け止め、ベッドに寝かせた。
いつの間にか、ここはユリアスの自室に変わっていた。
男は、眠っているユリアスの額に手を当てた。
「全ては計画通りだ。ここまで来たら、もう私はいらないな。ユリアス、あとは自分を信じて頑張るんだ。全ての答えは君のなかにあるからね。誰に何を言われても、正しいと思うことをすればいい」
名無しの男はそう言い残して、霧のように消え去った。




