どうしても欲しいもの⑤
「少しだけ、帝国議会のビジョンが視えたの。あなたとシュナイゼル殿下の目線の先に、『賢者』がいたわ。彼を見つければ、箱も開けられるし、あなたが賢者になれる」
「議会のビジョンって……じゃあ、本物の賢者が現れてしまうってこと? それじゃあ、勝ち目がないじゃないか?」
眉間にしわを寄せ、満面の笑みでこちらを見ているシルフレイア見つめると、雲の隙間から顔を出した月光が、彼女の銀の髪と白い肌をよりいっそう際立たせ、月から舞い降りた女神のようだと感じた。
でも、彼女は間違いなく神話の女神のように『善い行い』をするわけではない。
「普通ならそうね。でも、未来は変えられるわ。過去は変えられないけど『未来』は案外簡単にかわるものよ。その未来になる前を選択しなければいいのだもの。だから『サキヨミの巫女』がこの帝国にはいるの」
意味深な言葉の裏に、何が隠されているのか、ケインはなんとなく理解した。
本物の賢者は『箱』を開けることができるらしい。
じゃあ、本物の賢者が現れてしまったら、こちらの負けは確実で、それはどうあがいても覆せない。
「『賢者』はどんな奴ですか? 俺よりも年は上だろう? 性別は? 早く探さないと……」
「心配しなくても大丈夫。すぐ見つけられるところにいるから」
「つまり名前が――」
サキヨミの巫女は手を伸ばし、ケインの唇に自分の人指し指を当てて、ふふっと笑う。
「そう、私もシュナイゼル殿下もよく知っている人物――名前は、ユリアス・ヴィーゼントよ」
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ちょうど同じ時刻――ユリアスは誰かに呼ばれたような気がして、走らせていたペンを止めた。
(今、誰かに呼ばれたような……)
結局、スズランカを育てているという唯一の農家を訪ね、スズランカが最近盗まれたり、他の者に売ったことはなかったか主人に聞いたが、あの問屋の他には卸していないし、盗まれたりもしていないとのことだった。
つまり、悪用されたスズランカは、あの問屋から誰かが持ち出した可能性が高いことになる。
「あとは、育てている農家が実は他にいる…か…だけど、簡単に育てられるとは思えないな」
実際、ユリアスはラザフォードに命じられ、スズランカとユズリ草だと知らずに王宮で育てていた。
一応、薬室から育て方は聞いていたが、結構難しく、半分以上の種は芽を出さなかったし、出してもすぐに枯れてしまう。
確実に育てるために鉢をいくつか分けて、水やりの回数や水量、日照時間や条件などを試した結果、4つの鉢だけが残ったが、これはたまたまいい条件が重なったからであって、次も同じように育てられるかというと自信がない。
かなりの技量が必要だし、丸薬をつくるには大量に葉っぱが必要だから、何年も前から苗を大きく育てる必要があるだろう。そんな大量に育てるのなら、鉢植えではなく直に栽培するはずである。
だからユリアスは念のため、それらしき植物がないか魔導家領の農地を見て回ったが、今のところ該当するものはなかった。
「明日ももう一度農地を回って、問屋を調査しないと……」
つかみかけそうだったのに、意外と黒幕には手が届かず、ユリアスを苛つかせる。
別にもう側仕えではないのだから、捜査を止めて、この家でのんびり過ごし立っていいのだが、自分のこの生真面目な性格がそれを許さないから、困ったものだ。
今日は久しぶりに家族揃って夕食を囲むことができて、とてもいい一日だった。
自分から辞めてきたなんて口が裂けても言えないので、『側仕えをクビになった』と、当主である父に告げると、彼は意外にも「そうか…、まぁ、お前にしてはよく頑張ったと思う。しばらくゆっくりしなさい」と、温かい言葉までかけてもらい、涙腺が緩みかけ、抑えるのに必死だった。
やっぱり、ここが自分の居場所で、唯一の守りたいものだと、改めて思うことができた。
だからこそ、あの集落の人々のことがふと頭によぎったのだ。
『居場所』というのは簡単に手放せるものではない。
一度失った『居場所』は簡単には作り直せないし、心にポッカリと穴があく。
それをユリアス自身がよく知っているから、あの集落をこのままにしておくことは出来ない。
小麦泥棒の犯人が捕まれば、彼らだって裁かれる。
犯罪はもちろん裁かれるべきだが、その犯人次第では罪をすべて彼らになすりつけ、自分は無実だと主張してくるに違いない。
相手の手の内で踊らされる前に、なんとか黒幕を探し出して、手を打たないと――
ユリアスは、あの老婆からもらったきれいな蒼い石のついたペンダントを手の平で転がしながら、考えを巡らせた。




