皇子からの挑戦⑥
ユリアスは、さっさと水やりを終えると、教会へ走った。
昨日と同じ要領で、身分証を門番に見せ、書簡を受け取りに行く。
「部屋にお持ちするとカイル様には、お伝えもしているのですが……側仕えに持たせてくれと、殿下が仰っているとのことで……」
担当の役人が申し訳なさそうに、山積みの書簡を机の上に置いた。
嫌がらせとしか思えない量の書簡。
一回では持ちきれない量だった。
「だ、大丈夫です。一度置いて、また来ますから」
ユリアスはそう言い残し、持てるだけの書簡を抱えて、その場を去る。
(くそ~絶対面白がってる、殿下は側仕えがどれくらい持つか、誰かと賭けでもしてるのか――?)
心の中で、悪態をつきながら、早歩きで回廊を進んでいく。
ユリアスが執務室へ戻ると、ラザフォードはいなかった。
もちろん側近であるカイルもいない。
ユリアスは、ざっと書簡に目を通しながら、内容別かつ優先順位が高いもの順に並べていく。
そして、再び残りを取りに教会へ。
ユリアスの計算では、とっくに関所の調査の作業をしている予定だったのに、書簡を取りに行く作業までで、なんと、半日かかってしまった。
これではどう頑張っても、二日で終わるか怪しい。
この部屋の調査票をまとめる方が、順序的には先だが、作業にかかる時間を考えると、優先順位が変わってくる。
最終的には、締め切りの明日までに仕上げることが最優先事項――――
(しかたがない、書簡を運び終わったら、先に関所人員配置をまとめる仕事を片付けよう)
ユリアスは小走りに、再び教会へ向かった。
******
「奥から古い年代別に並んでいます。棚の上から東西南北の順においてあります。この記録書は絶対に持ち出さぬように。ここでの飲食も禁止です。終わったら外の役人に声を掛けてください」
関所記録を管理している中年の役人が、ユリアスを見つめながら言った。
「わかりました。ありがとうございます」
「……あなたで3人目ですよ。同じように使わされたのは。一体何をお調べなのかわかりませんが、私たちは殿下は『フリ』をしてるだけなんじゃないかと……」
「『フリ』とは?」
「政ごとをしているフリですよ。結局3人調べに来ても、何にもなっていないってことですよね?あなたが来たってことは。側仕えが仕事をしているということは、主からの指示があるってことですから、単純な者はそれだけで安心するでしょうね」
せいぜい、あなたも頑張ってください。
そう言い残し、役人は去っていった。
部屋には、埃っぽい空気が充満している。
さすがに机や椅子はきれいだが、古い書物独特のにおいが鼻につく。
僕で3人目か……
そんな部屋でユリアスは一人目を閉じ、自分のやるべきことを考えた。
「だれが何と言おうと、僕の主はラザフォード殿下なんだから、やるべきことをちゃんとやろう。クビになったら、魔導家のみんなが困ることになるんだ」
そう自分に言い聞かせながら、自分の両頬をペチンと叩き、棚へ向かう。
ユリアスを支えているのは、殿下への忠誠心ではなく、大好きな人たちの笑顔だ。
ユリアスは自分がメモした殿下からの指示を見直しながら、必要な記録のファイルを抜き取っていき、机の上に紙と万年筆をセットし、記録書の人物名を書き写していく。
「2月1日 カミンズ・ボルト、チョムスキー・オウティス、クラッシェン・ラベル
イマージョン・バルクス、ヤーキース・ドッドソン、ワイナー・コックス っと……」
一心不乱に、東の領地から市場への関所の人員配置をひたすら書き写していく。
一体これがなんだのだろうか?
本当にこれは、自分を試しているだけの課題なのだろうか?
それとも、本当に殿下は何かを調査しようとしているのだろうか?
(糸をたどった先に何があるのか……?)
ユリアスが気付くより前に、右手が悲鳴を上げそうだった。
窓から入ってくる光が消えるころに、役人がドアをノックした。
「すみませんが、そろそろここを閉めたいのですが……」
「あ、はい。今出ていきます!」
ユリアスは、まとめた資料を抱え、部屋を後にした。




