故郷④
ユリアスは店の一角にある椅子に腰掛け、ぼーっと慌ただしく動き回る店員と、行き交う客を眺めて待った。
ずっとあの皇子の元にいたせいで、こういった風景を眺めるのは久しぶり。
全てか懐かしく感じられる。
「待たせたね。確かにその2つを栽培している家はある。一軒だけだけどね」
「一軒だけ……ここ以外にその家と取引をしている問屋はありますか?」
「いや、ないね。1軒に対して問屋は1つという決まりがあるだろう?」
「そうですよね。じゃあ、その2つを最近購入した人を割り出すことは可能でしょうか?」
「ユリ坊、一体どうしちゃったんだい? そんなの調べてどうするんだい?」
「大事なんです!! 今調べてる事件に関係するかもしれないんです!!」
ユリアスはテーブルを叩いて立ち上がり、問屋の女将に迫った。
いつものほほんとしているユリアスしかしらない、女将は目と口を開いたまま固まっている。
その様子に気づき、ユリアスは「すみません、声を荒げて……」と、すぐさま椅子に座り直した。
「いや、びっくりしたよ。ユリ坊もそんな大声出すんだね。よっぽどその事件を調べたいんだね?」
「はい……人の命がかかってるんです」
「そうかい。でも、こちらも守秘義務ってもんがあるからねぇ。いくら坊っちゃんと頼みでもいえない」
メーテルも椅子に腰掛け、ため息をつく。
「スズランカとユズリ草はどちらも、禁忌の薬草として認定されているからなおさらだよ」
「買えるのは一部の薬剤師と王宮関係者ですよね?」
「ああ……そうだよ」
「でもそれなら変じゃないですか?」
「? なにがだい?」
ユリアスは、真剣にメーテルの目を見て訴える。
店は相変わらず混み合っていて、誰も二人の会話は聞こえない。
込み入った話をしても聞かれる心配はなさそうだが、ユリアスはあえて声のトーンを下げて言う。
「ちゃんとした身分の人が買いに来るなら、別に公表したって問題ないですよね? だってそれは悪事のために使われるはずないのですから。なのにどうして守秘義務なんて言うのです? だれかにそう言えと言われたのですか?」
「そんなことは……」
「もし仮に、あなたが売った薬草が殺人事件に関与していたなら、あなただって罪を問われる可能性があります。だって、それらの薬草は『怪しい人物』に売ってはいけないものですから。街一番の目利きができると歌われるあなたの目も節穴だった。そうなれば、この問屋だって――」
ユリアスは通行書と身分証を机の上に置く。
それには確かに『第一皇子側仕え』という文字が入っており、問屋の女将のメーテルの目にもその文字が自然と入った。
「僕の上司はだれだかおわかりですよね? 魔導家当主ではありません」
「私を脅しているつもりかい? ユリアス坊っちゃん。まあ、お前さんのいうことは確かに正論だし、言えないような人物には売ってはいないから、ここだけの話で教えてもいい」
はあ……とため息をつきながら、女将は手元の帳簿をペラペラとめくり始めた。
その帳簿はかなり年季が入っていて、表紙がボロボロ。
そして、厚さも5センチぐらいある。
この店の客の情報が一体いつから記録されているのだろう……?
そんなことをユリアスは考えながら、返答を待つ。
「最近、ユズリ草とスズランカの両方を買っていったのは宮廷薬剤師だ。身分証もしっかり見せてもらった。栽培が難しい貴重な薬草だから、研究したいと言っていたよ」
「その他にどちらか片方を買った人はいましたか?」
「いや、ここ最近はいないね……」
ペラペラと真剣にめくっている姿を見る限り、嘘をいっているわけではなさそう……
宮廷薬剤師はきっと、ラザフォード殿下の命によるものだろう。
その他にいないとなると、栽培している農家が怪しい。
ユリアスは、顎に手を置きながら考えを巡らせると同時に、念のためあの森の老婆にもらった丸薬をポケットから取り出し、机の上に置く。
「なんだいこれは?」
「事件に関係する丸薬です。この丸薬を燃やすと甘い匂いがする煙がでて、意識障害が起きるんです。犯人を特定するために、この丸薬の元になっている薬草を探していて……」
「これは…間違いなく『スズランカ』だね」
「え? 分かるんですか?」
「あたしを誰だと思ってるんだい! この街一番の薬草問屋の女将だよ!? なめてもらっちゃぁ、困る!」
「すみません……」
「匂いでだいたいわかるさ。あとこの微妙な色。どちらも似ているけど、私にとっては全然ちがう匂いだよ」
そう言いながら、メーテルはユリアスの背中をバシバシ叩く。
ユリアスは、やっと真実に一歩近づいた気がした。




