交差する思い②
事態は気づけば悪い方向へ転がっていっていた。
こうなることも少しは想定していたから、対処はできないわけではない。
しかし、今回はタイミングが悪すぎる。
重大なミスが同時に起きていて、片方を解決しようとすると、もう片方が手から滑り落ちて、取り返すことが難しい。
「ラズ……大丈夫か? 顔色が悪い……」
「流石に、体調が悪いと悠長なことを言っていられないだろう? これはシュナイゼルが一枚噛んでいるのか?」
「おそらくは……」
「本気で潰し来たということか。次は賢者を引き連れてくるだろうな」
「どうするんだ? このままじゃ、シュナイゼル殿下に……」
「わかってるさ。でも、あの馬鹿のせいで、ユリアスをこちらに連れ戻すことが不可能になった」
そんな話をしていたら、あっという間に大広間へ到着した。
大広間の扉の前に控えている侍女が扉を両手でゆっくりと開け、「ラザフォード殿下がお見えになられました。お通ししてもよろしいでしょうか?」と中にいる人物へ声をかけると、「ああ、通してくれ」と低いくぐもった声が返ってきた。
ラザフォードは入る前に、大きなため息をつく。
冷静さを保つよう自分に言い聞かせ、ゆっくり部屋へ入る。
カイルもその後に続いて入ろうとした瞬間、「側近殿は、こちらでお待ち下さい。中に入れるのは殿下のみです」と、見慣れない騎士が中から出てきて静止した。
「大丈夫だ」
その言葉を残し、ラザフォードは大広間へ消えていった。
*******
大広間は、関所の役人と、警備を担当している騎士、そして法務大臣とその側近たちがラザフォードに向かい合うように座って待ち構えていた。
この並びは、目安箱の儀で用いられる椅子の並びだ。
法務大臣の側近が「殿下、このような場にお呼び立てしまして申し訳ございません」といいながら、目の前の椅子にかけるよう促す。
「これはこれは、まるで裁判にでも私はかけられるのでしょうか?」
と冗談ぽく返してみるが、相手はちっとも顔色を変えずに「裁判ではありません」と言った。
「じゃあ、なんなんだ? 聞くところによると、私が小麦泥棒の黒幕という噂がたっているようだが」
「噂かどうかを判断するためにこちらに来ていただきました。あなたを犯行現場で目撃したという者が現れたので」
「ほう、その者の言い分だけで私を犯人に仕立て上げるのか? それはまぁ、随分と私も見くびられたものだな」
すると、側近が、「前へ」と近くに控えていた役人たちに声をかけ、彼らをラザフォードの前へ立たせた。
来ている制服からすると、例の市場の役人と、関所の者たちだ。
「お前たち、ありのままを話せ」
彼らは「そう言われても…」と、互いに目配せし、なかなか役人は話そうとはしない。
目の前に、この国の実質ナンバー2が鎮座しているのだから無理もない。
そして、その人物は戦闘態勢に入っていて、こちらを睨んでいる。
まさに、蛇に睨まれたカエルは逃げたくとも逃げられず、こそこそと「お前が先に言えよ」「打ち合わせではお前が最初だったろ」などとお互いを小突く。
「側近殿、この者たちは話す気がないようだ。 ここにいるだけ時間の無駄ではないか?」と言いながら、立ち上がろうとした瞬間、「私は見ました! 殿下が何度もあの森へ入っていくところを! 嘘なんかじゃありません!」と泣きそうな声で叫んだ。
その声で、ラザフォードはその人物に焦点を合わせた。
クセのある栗色の髪に頬にそばかすの青年で、少し小太り……
急にラザフォードの鼓動が速くなる。
「で、殿下に、この銀貨をいただきました。これでたらふく飯でも食えと、そのかわり、ここに来たことは誰にも言うな……と、口止めされました」
その小太りの青年は、藍色の巾着から2枚の銀貨を取り出し、皆に見えるよう掲げた。
「この巾着に見覚えはありますか? 金の糸で刺繍が入っています。このような巾着を持てる者はこの国でもほんの僅かです。どうして、あなたはこの青年に口止めをされたのですか? どうして、このあの森へ入っていったのです?」
畳み掛けるように側近が尋問していこうとした瞬間、ラザフォードは大きな声で笑い声を上げた。
「なにが、おかしいのですか!?」
「いや、いや、巾着ごときで私だとどうして断定できるのかと。たったこれだけで私を犯人扱いをするなんて、我が国の検察官殿は実にお粗末だな」
「お、お粗末ですと? 聞き捨てならない。我々をあなたはなんだと!?」
「やめなさい」
怒りに狂った自分の側近を法務大臣は諌め、ラザフォードをじっと見据えて言った。
「殿下、あなたのような王位継承権を持ったお方と対峙することは、自分の命だけでなく、家族や身の回りの者の人生も変えてしまう行為です。つまり、調べに調べ尽くして今我々はあなたの前に立っております。そのことをお忘れなきよう」
「つまり、他にも証拠があるということだな? さっさと見せよ!!」
いつも冷静なラザフォードは完全に冷静さを失っていた。
言葉で言いくるめられるような相手ではないと傍から期待はしていなかったが、思った以上にこちらのすきをついてきている。
果たして逃げ切れるか―――
次の議会が開廷するよりも前に、牢獄にとらわれてしまうのかもしれない。
ふと悪い予感がラザフォードのの脳裏をかすめた。




