皇子からの挑戦⑤
次の日、ユリアスが言われた通りの時間に、ラザフォードの元を訪れると、ラザフォードは昨日と同じような内容をユリアスに言い放った。
「整理しますと、水やりをしたあと、教会へ行って書簡を受けとり、ここにある関所の記録を作物別・地域別に分類し、紙にまとめる。それが終わったら、再び教会へ行き、東の領地と市場をつなぐ関所の人員配置を調べてくること。夕方の水やりは欠かさないように。以上でよろしいですか」
「ああ」
「あの……これは今日中ですか?」
ユリアスはダメ元で尋ねてみる。
そんなの当たり前だ!と言われるのは分かっているが、一応……
「これを一日でやれとは、さすがに言うわけがなかろう。明日までにやってくれればいい。できるか?」
「最善を尽くします」
そう言いながら、二日、実質一晩か……と心の中でつぶやいた。
一日延びただけでも助かるが……
聞こえないようにため息をついて、ユリアスは作業に取り掛かった。
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「なんで魔導家当主は、長男をよこさず、次男のユリアスを送ったのでしょうね。ユリアスは魔導家のなかでも、出来そこないと言われているらしいですよ」
ティーカップを口に運びならが、関所の調査票に目を通すラザフォードに、カイルが疑問だったことを投げかけた。
そんな彼をラザフォードは、他の導家もそれは同じだろう?と、鼻で笑った。
「全く、甘く見られたものだよ。そこまでして、私を皇帝にしたくないらしい。まぁ、御三家はともかく、魔導家は違うと思うが」
主が何を言おうとしているのか、はっきり明言されなくとも、カイルにはわかった。
そして、現在、主が置かれている現状況が、芳しくないことに肩を落とす。
ラザフォードは、現皇帝陛下と正妃マリアベルの嫡子であるので、生まれた時から皇帝の座を継ぐことに決まっていた。
しかし、それは正妃マリアベルが亡くなるまでの話。
13年前、正妃マリアベルは不慮の事故により他界し、側室であったクリスティーナが、正妃の座につき、現在も皇帝の横で鎮座している。
クリスティーナと皇帝の間の子であるシュナイゼルも母と同じよう、王位継承権第一位の座に就くと帝国の誰しもが思った。
しかし、そうなっていないのが現状――――
皇帝陛下は、ラザフォードの地位をそのままにして、クリスティーナを正妃に迎えたのだ。
それにはさすがに、クリスティーナも実家である商導家が黙っていなかった。
クリスティーナは、何度も陛下に異議申し立てを宮廷議会を通じて行ったが、聞く耳すら持ってもらえず、躍起になっている。
王座の譲位は皇帝のみに与えられている権限。
一部の承認は必要だが、皇帝が本気になれば、周りの反対を押し切って、ラザフォードをその座に就かせることだって可能である。
とはいえ、帝国の未来がかかっているわけで、ラザフォードを推す理由を皇帝自身から皆へ説明をすべきなのだが、皇帝はそのことについては口を閉ざしたまま。
よって、ラザフォードを皇帝に推す貴族と、シュナイゼルを推す貴族とで、今もなお政権争いが起きている。
そして、現在の状況はというと、シュナイゼルを推す一派の勢力が拡大しつつある。
「ラザフォード殿下の背後には王妃の実家である、商導家がついています。そして、ここ最近、その商導家と武導家がなにやら親しげらしいですが……ご存じですか?」
「ああ、噂でな。どうで、私の悪口を仲良く言ってるんだろう。たとえ今まで敵だった相手でも、利益が得られると思えば、どんな相手でも仲良くするのが商導家だからな。放っておけばいい」
「そんな悠長なことを言っている場合ですか? そんなことばかり言ってるから、味方が少なくなるばかりか、敵をつくるのですよ!」
ずけずけと、皇子に対して物を言えるのは、カイルだけだ。
互いのことを、それぞれよく分かっているからこそ、本音も言い合える。
そして、そんな相手はラザフォードにとって、カイルだけ。
現在、心から信じられる、本当の味方は一人しかいない、とても貴重な存在だ。
「一族の中で出来そこないと言われているユリアスが、あなたの期待に応えられるように願うばかりです。彼が駄目になったら、今度はどこから、候補者を連れてきたらいいやら……」
「あいつは、おそらく大丈夫だ」
ラザフォードは飲み干したティーカップを置き、足を組み直しながら言う。
それは、何か根拠があるような自身に満ちた態度なので、「根拠は?」とカイルがすかさず問い詰めた。
「勘だ。王の器の勘」
「……はぁ。またそれですか」
カイルはわざと大きくため息をついて見せた。
そして、「とにかく、彼のことを大事にしてくださいね」と釘をさしながら、手元にある『あるリスト』を眺めた。
そこにはびっしり、それぞれの導家からの推薦者の子息の名が連なっているが、そのほとんどが黒い線で消されている。
消されている名前は、全て目の前の皇子が拒否をした者や、実際に仕えさせてクビにした者。
さすがにここまでくると、手あたり次第に声を掛けてきて、来てもらうしかなくなってくる。
もともと不人気のラザフォードなのに、一族イチオシの子息を短期間でクビにしていると知った貴族たちが、ラザフォードのことを「性悪皇子」「性格が歪んでいる」「王にふさわしくない」などと、さらに悪く言う。
問題は、それを本人が何とも思っていなこと。
少しは気にして、態度を改めてもらいたい、とカイルは本日何度目かわからないため息をついた。