忍びよる手⑧
「ユリアスは、このままシュナイゼル殿下のもとへ行くつもりなわけ?」
「はい? べつに、そんなつもりは……」
「じゃあ、これからどうするんだ?」
レイフォードの足がピタリと止まった。
そして、ゆっくりユリアスをおろし、屈んでユリアスの両頬を両手でつかむ。
「これだけヒントをばらまいてあげているのに、なんでまだ思い出さないんだ? いい加減、思い出してくれないか? 」
今まで見たことがない、レイフォードの瞳の奥。
いつになく真剣に、そしてその瞳にはかすかに怒りの色が見える。
ユリアスは突き刺さるような視線からそらすことは許されず、何か言い返そうにも、言葉が出てこない。
「あの手紙だって読んだんだろう? 少しでもなんか思い出したりしない? ラズはずっとお前のせいで皇帝になれないんだよ。お前の記憶を消したから。自分のことより、お前を優先させたから。だからずっと――」
「ちょ、ちょっとまってよ。話が……ぜんぜん見えない……記憶を消したって、殿下が僕の?」
「正確には『消させた』だ。父親が殺されておかしくなったお前を守るために…だ」
ドクン……ドクン……ドクン……
聞いてはいけない、開けてはいけない――
頭のなかで誰かが叫んでいる。
聞いたらもう戻れない、それでもいいのか?
おまえは真実に耐えられるのか?
自分の周りの酸素が急に薄くなったようで、息苦しい。
まるで、海に沈められていく気分。
聞きたくない。
でも聞きたい。
聞かなければならない。
無意識に、ブラウスの上からお守りにと貰った石のペンダントを握りしめた。
「それは……僕が、王宮に来る前に殿下と……知り合っていたということ? どうして僕なんかを助けたんだ? 助ける理由がないじゃないか。僕はただの魔導家の出来損ないなのに」
「それは――お前が、みんなが探している『賢者様』だからだ」
予想もしていなかった言葉を聞いた瞬間、ユリアスの中で何かが弾けた。
「けんじゃ? 僕が? そんなはずない……、だって賢者って、叡智の力をもっていて……だから……僕のはずがない」
視界がグラグラ揺れて、立っていることもままならない。
一層頭痛がひどくなり、頭の奥で何かがグワングワン言っている。
その気持ち悪さに耐えきれず、ユリアスはその場に崩れた。
跪き、肩で上下に呼吸を繰り返しているユリアスを、レイフォードは助けることなく、上からただじっと見下ろしている。
「思い当たるふしがいくつもあるはずだ。自分で自覚していないだけで。叡智の力は完全には封印できなかったらしいし。ユリアス、お前は特殊能力があるだろう?」
ユリアスは冷ややかな目で自分をじっと見下ろすレイフォードを見上げて、「なんでこの人はそんなことまで知っているのだろう」と思う。
あまりに知りすぎている、この人は本当にずっと監視していたのだと、今更ながら自覚したが、それを責めたりする気持ちにはならなかった。
彼に何度も助けられている事実がこんな状況でも脳裏に浮かぶなんて、まだ余裕があるんだなと、ユリアスは心の中でつぶやいた。
たどり着いた答えがまさか「賢者」だなんて。
神様ともし会えるなら、今すぐ問いただし、その理由を聞きたい。
どうして、僕なのかと――
「僕が賢者だったら……叡智の力を持った賢者だったら…絶対に父を死なせてない。だから、そんなはずはないんだ!!」
もう自分の感情をコントロールすることなんて忘れて、気がつくと力任せに叫んでいた。
こんなありえないことを突きつけられて正常でいられるほど、できた人間ではない。
しかし、相手は発した言葉を撤回するつもりはなく、憐れむ目で見つめている。
「どうしたら、お前の記憶は戻るんだ? このままでは、偽物の賢者が誕生してこの国を乗っ取られるんだ。シュナイゼル殿下が皇帝になってもいいのか?!」
ユリアスの両肩を掴み激しく前後に揺らしながらレイフォードも叫んだが、ユリアスは「そんなの、関係ないだろう!」と一点張りだった。
二人はいつまでたっても平行線のまま。
さきに折れたのは、レイフォードの方で、ユリアスの方から手を離すと、スタスタと黙ってその場を去っていった。




