忍びよる手⑥
(うそだろ……なんでこんな事に……)
ユリアスはせっせとテーブルに食器やら、ナプキンやらを運ぶ。
銀食器を曇り一つないよう磨き上げ、等間隔にスプーン、フォーク、ナイフを並べ、テーブルの中央に活けられた花を置いた。
「あなた、それが終わったら、殿下の寝室のカーテンを取り替えるから来てちょうだい」
「はい……」
イザベラと離れたあと、ユリアスは侍女としての業務をこなしていた。
隙を見て抜け出そうと思っているが、そんな隙なんてない。
何せ、ユリアスの行動を逐一監視しているのは侍女長で、一度逃げた者をまた逃すまいと殺気立っている。
(怖すぎる……こんな怖い人だったっけ……)
侍女長とは何度か側仕えの時にあっているが、こんなに殺気立っている姿を見たのは始めてだ。
何か東宮であったのだろうか?
「侍女長、殿下のお戻りが遅くなりそうです。昼食もそのようにお願いします」
テーブルセッティングの確認をしていたら、背後から聞き慣れた声が。
振り向かずとも声の主はわかった。
顔が見られないよう、深くうつむき一度磨いた銀食器を再び丹念に磨く。
「カイル様、その……ユリアス様は辞められたのですか?」
「ええ」
「次の側仕えはいつ?」
「どうだろう……もう候補者がいないから、厳しいですね。誰か有能な人物はいますか?」
心臓がドクドク鳴り始めた。
まさかこんな時に、自分の名前が出るなんて−−−
ユリアスは恐る恐る、二人に視線を合わせた。
頭を掻きながら、カイルは笑ってごまかしているが、顔は引きつっている。
何かまたトラブルがあったのだろう。
目の下にはクマができていた。
多分そのクマの片方は自分に責任がある。
ほぼ事務的なことをカイルが一人で請け負い、自由奔放な皇子に振り回されて、思うように業務が進まないのだから。
「側仕えは数名いるのが本来なのに、この大事な時にラザフォード殿下に一人もいないなんて心配です。カイル様の心労も−−−」
「気遣い感謝いたします。私は大丈夫ですよ。レイフォードもいますし。ただ、今の殿下は少し心配です……」
そう言い残してカイルは部屋から去って行った。
ラザフォード殿下に何があったのか?
さっき会った時は別に変わった様子はなかったが?
「早く、いつまでたらたら仕事をしているの?!」
「すみません! 只今そちらに行きます!」
いつもより声のトーンとあげ、なるべく女性らしいひ弱そうな声で返事をする。
返事一つでも緊張が走り、早くここから立ち去りたい衝動にかられるが、この状況で消えるわけにはいかず、完全にいいように使われていた。
(っていうか、何で誰も不審がらないんだ? 見たこともない侍女がいても変じゃないのか?)
カーテンを手際よく交換しながら、首を傾げた。
ここで働く侍女や侍従は確かに多い。
でも毎日顔を合わせていれば、見たことない人物がいたらさすがに気づくはずではないだろうか。
今は気づかない方がありがたいのだが、第一皇子がいる東宮の警備がずさんすぎて、さすがのユリアスも心配になってくる。
刺客が入り込んで、毒でも持ち込まれてもこれじゃ誰も防げないだろう。
(命を狙われてきたんだろうな……幼い頃から……)
幼い皇子を思い浮かべてみる。
その皇子を守って死んだ父……
名誉ある死なのに、なぜ自分は受け入れることができないのだろう?
皇子がそのことを隠さなければならない理由なんて、冷静になって考えればいくつも出てくる。
単純に、命を狙われたことを伏せておきたかった。
刺客が公言できないような人物だった。
父の死が、事故死の方が都合がよかったのか。
「どれが……本当なのだろう……」
「何がです?」
「ひっっつ」
振り向くと侍女長が立っていた。
目と鼻の先で眉間に皺をよせガン見してきたので、変な声が出てしまった。
さすがにこの至近距離じゃ、バレてしまうのではないか!?
ユリアスは手足が固まって、一ミリも動けなかった。
そんなユリアスをひたすら見回した後、侍女長は「それが終わったら中庭の手入れをしなさい! テキパキとよ! それが終わるまで昼食に行かないように!」とだけ言い残し去っていった。
(心臓に悪い……)
でも、中庭の手入れとはとてつもなくラッキーだ。
これで目的が果たせる。
例の植物の葉を採取できるチャンスがやってきて、ユリアスは「よしっ!」と思わずガッツポーズをした。
一刻も早くこのカツラとスカートを脱ぎたくて堪らない。
急いで買い換えたカーテンを畳もうとしたその時、誤ってサイドテーブルにぶつかってしまった。
とその拍子に、テーブルから何かがひらりと落ちた。
「手紙?」
ブルーの便箋に入った手紙。
思わず宛名を確認すると、皇子の名前が書いてあり、その筆跡に見覚えがあった。
それを見た瞬間、頭がガンと打ち付けられたような衝撃が走り、ユリアスはその場にしゃがみこんだ。
ガンガンと警告のように響く頭痛がする中、ユリアスは封がされていない便箋から中身を取り出した。
『ラズへ
ラズはこの間、僕に申し訳ないと言っていたけど、僕は全然平気だから。
ラズは何も悪くない。
皇子の側近だという父は僕の誇りです。
だから、誕生日一緒に祝えないのは仕方がないんだ。
ずっとこうしてきたから。
僕はラズのことを大切な友達で素晴らしい人間だと思っているよ。
だから本当に君には皇帝になって欲しい。
僕は君を応援しているからね。
会えなくなってもずっと応援してるから。
ユリアス』
「ユリアス? この字……僕の……小さい時の時に似ている……ような……ど、どういう……」
廊下からガタンという音がして、ハッと我に返った。
手紙を元に戻し、サイドテールの上へ戻す。
プライベートな手紙を読んだことがバレたりしたらかなり大変なことになる。
ユリアスは深呼吸をして、再びカーテンを折りたたみ、逃げるように皇子の寝室を後にした。




