忍びよる手④
「私はどうしても叶えたい願いがあるのです。この鳥籠で一生を終えるために必要な願い。それを叶えられるのはシュナイゼル殿下だけなのです。だから、あなたの協力が必要なのです」
「その願いは、ラザフォード殿下では叶えられないのですか?」
「ええ……きっと。ラザフォード殿下きっと許してくれない願いですから」
「僕が何かをしたところで、皇帝選には支障はないかと思うのですが……もしかして、予知のですか?」
サキヨミは目を閉ざし、ゆっくりと頷いた。
ユリアスは思わず立ち上がり、「どんな内容ですか?」と叫んだ。
「それは教えられません。『サキヨミ』の力は簡単に口外できない」
「僕に言えばあなたにとって都合が悪い未来になるからですか?」
「未来は大きな川のように、流れが決まっている。簡単には変えられない。私だって、本当はあなたに伝えて、私が予知未来と違う行動をして欲しい。でも、それをしたら、大きな代償を払わねばならないのです」
「代償……」
「あなたもそうでしょう? 大切なものを守るために『記憶』という代償を支払ったのでしょう?」
「…………え?」
サキヨミが立ち上がり、ユリアスの手を取った。
そして、動揺しているユリアスに微笑みかける。
「私はあなたの失った『記憶』を取り戻す手伝いができる。それを望むなら、私の願いを叶えてちょうだい」
「その願いは−−−」
サキヨミがその場にひざまづき、ユリアスを見上げ両手を握った。
近くに控えている侍女が、「サキヨミさま!」と声をあげたので、「あなたたちは黙っていて」と制した。
ユリアスは金縛りにあったかのように、その場から動けない。
ただ、ただ、美しい銀の髪を眺めている。
「シュナイゼル殿下を皇帝に−−−」
その赤い唇から発せられた言葉が、しばらく耳から離れなかった。
*********
サキヨミの巫女は静かに窓際のソファに腰掛け、外を眺めていた。
侍女の一人が、お茶を入れながら、彼女に声をかける。
「サキヨミさま、よろしかったのですか? 賢者の件はお告げにならなくて」
「ソフィア、これでいいのよ。賢者なんてうっかり言ってしまえば、逆にこちらの手の内を全て明かしてしまうもの。彼はとても頭のいい人だから……」
「私はケイン様が心配でございます。この計画は本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ! 絶対! そうじゃなきゃ、私の人生は一生この狭い鳥籠の中で終わるの! 羽があっても飛べない鳥に幸せなんてない……私の願いを叶えるためなら、悪魔にだってなるわ」
「そんなことを仰らないでください……」
ソフィアの目から涙が溢れている。
ソフィアはサキヨミがこの本殿にやってた時からずっと側に仕えている侍女だ。
自分の娘のように思っているからこそ、厳しいことも時々言うし、彼女には誰よりも幸せになってもらいたいと心から思っている。
だから、とても今のサキヨミが危なっかしくてみていられない。
急に大人たちから自由を奪われ、心を閉ざしていた女の子が、やっと見つけた一筋の光−−−
彼女をこの狭い部屋から出してあげたいと一番に願っているのに、自分の力ではどうすることもできやしない。
こんな無力な自分が腹立たしかった。
だから、今は影で彼女を支えるしか方法がない。
たとえ、それが誤った道であっても。
「ねぇ、ソフィア。自由を手に入れられたら、私は海が見てみたい。とても大きな水たまりなのでしょう?どんなに綺麗か考えただけでワクワクするわ」
「サキヨミさま……」
「あとね、自分の名前を取り戻したい。サキヨミという記号のような名前ではなく、ちゃんと一人の人間として与えられた名前を……」
スカートの裾を翻しながら、くるくる舞うその姿は羽の生えた天使のよう。
銀色の髪が光で透けて見え、どこかへ飛んで行ってしまいそうな、儚さと危うさ。
「その時は、ソフィアも私のことを名前で呼んでちょうだいね」
未来がわかるという彼女の目はとても悲しげだった。




