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忍びよる手②

「わっと!」


 急に止まったのでユリアスはイザベラの背中に激突した。

 イザベラが小声で「ラザフォード殿下だ……」と首だけ回して告げる。

 

(なんで……こんな時に……!!)


 絶対見つかりたくない人物がここにいるなんて−−−ユリアスはバレないよう顔を下に向け、イザベラの背に隠れた。

 要注意人物はつかつかとこちらへやってくる。

 靴音が近くにつれ、ユリアスの心臓音が大きくなっていく。

 

 ラザフォードが目と鼻の先に着たので、イザベラもまたこうべを垂れた。

 

 カツ……カツ……カツ……


 

(あと少し……あと少し……お願いだから、通り過ぎて……)


 

 二人の願い通り、ラザフォードは横を通り過ぎて行った。

 それを確認したイザベラは姿勢を元に戻し、ホッと息を吐いた。

 ユリアスもまた、ゆっくり頭をあげた。


 しかし、3メートルほど離れた場所でラザフォード皇子が急に立ち止まる。

 一瞬の静寂のあと、皇子が口を開いた。

 

「そなたは、サキヨミの近衛騎士イザベラだったか?」

「はい、さようでございます」

「サキヨミに会いたいのだが」

「サキヨミ様は本日は気分が優れないので、お休みになられております」

「…………そうか。では誰も会えないということか?」

「はい、そのようでございます、殿下」

「わかった。で、その者は?」


 ラザフォード皇子が急に振り返り、ユリアスへ視線を向ける。

 まずい……このままでは、イザベラもユリアスも命がなくなる。


 (バレたら一巻の終わりだ−−−! ど、どうしたら−−−!?)


 どんな状況にも冷静に対処できるユリアスだが、格好が格好だけに、いつもの調子ではいかないようで、大パニックを起こしている。

 ユリアスの額からは汗が滲み頬をつたった。

 

 そんなユリアスとは対照的に、イザベラは堂々と胸を張ってハキハキしている。

 

「新入りの神職付き侍女でございます」

「新入り? こんな時期に? 誰か職を辞したのか?」

「はい、殿下。先日侍女のアニーが腰を痛めまして、療養する為に領地へ帰りました」


 その説明に納得したのかしていないのかは定かではないが、皇子は「そうか……」と頷いた。

 その間も、視線が合わないように、ユリアスはずっと靴のつま先を見つめてやり過ごす。


「名はなんという?」


 自分に向けられた質問−−−それも皇子からの質問を返さないわけにはいかない。

 

「ロ、ローズと……申します……」


 蚊の泣くような声でユリアスは答えた。

 この距離で届くギリギリの音量だが、気づかれてしまっただろうか……

 背筋にも汗が流れる。


「ローズ……一生懸命職務に励むように」

「あ、ありがとうございます」


 そして、ラザフォード皇子は去って行った。

 数分のことだったのに、とてつもなく長く感じられた。

 ただでさえ、着慣れない服とカツラで疲れるのに、本当に勘弁してほしい。

 今すぐに人目に触れないところでこの制服を脱いでしまいたい。


「もう顔をあげても大丈夫だ」


 イザベラが俯いたままのユリアスに声をかけた。

 はぁ……とため息を付きながら、顔をあげるともう誰もいなかった。

 これじゃ、心臓がいくつあっても足りない。

 無事に任務を遂行できるのか謎だ。


 

「さ、急がないと、時間がない!」


 そのあと何人かの騎士や侍女たちとすれ違ったりしたが、特に怪しまれることなく、本堂の奥までやってくることができた。

 サキヨミの巫女は、武術に秀でた女性の近衛騎士によって厳重に守られている。

 彼女へと通じる道には必ず門番として騎士が立っている。


 その扱いは皇子と同じか、それ以上かもしれない。

 東宮の警備もそれなりの人数の兵士で行なっているが、近衛兵と共に行動していない自由奔放なラザフォードよりは厳重警備に違いない。

 虫一匹たりとも近づくことは不可能だろう。

 そんな場所に自分が来れたことは奇跡で、もうこの先、来られることはない。

 

 イザベラが手際よく近衛兵に取り次ぎ、扉は次々と開かれていく。

 磨かれた白い大理石の床を進むと、ずっしりと大きな扉があった。

 その扉には金細工でバラ幾何学模様の装飾が施され、こんな精神状態じゃなかったらゆっくり立ち止まって目に焼き付けているはずだ。

 今やこの美しい幾何学模様もただ円と四角が並んでいるようにしか感じられない。

 非常に残念だ。


 ユリアスは今日一番の大きなため息をついた。


 そして、最後の扉もゆっくり音を立てて開かれる。

 イザベラが開かれた扉に手を差し出し言った。


「ここからはどうぞお一人で……」

「え?! イザベラ殿は?」

「サキヨミ様の命令ですので」


 そう言われるとどうすることもできない。

 仕方なく、できるだけおしとやかに、そして、スカートの裾に気をつけながら、大理石の廊下を突き進む。


 



 


 


 


 











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