忍びよる手①
「イザベラ殿、僕は絶対嫌です!! 死んでも嫌です!」
「そんな事を言っている場合かい? 他に方法があるのか?」
「それは、今は思いつきませんけど、この方法は得策とは思えません。第一バレますって!」
「バレない! 大丈夫だって」
「バレたらもう領地にも戻れなくなります。これでも僕は魔導家代表でここに来てるわけで……」
「じゃあ、どうするんだ。ラザフォード殿下に頭下げて忘れ物を取りに行くのか?」
「そ、それは……」
ユリアスは黙り込むしかない。
考えても考えても、ラザフォード殿下やその側近たちに気づかれずに東宮に入る方法が見つからなかった。
留守を見計らって侵入するにも、留守にしている時間を知る必要がある。
自由奔放な皇子の行動パターンなんてカイルにも読めないのだから、今の状況でわかるはずもない。
「会わせたい人に会ったあと、そのまま東宮に行けば君の願いも叶えられるし一石二鳥だ。私が任務遂行できるまで側にいて周りを監視するから心配ない!」
「いやいやいや……っていうか、会わせたい人って誰ですか? なんでこそこそ会う必要があるんです?」
「簡単には会えないお方だからだよ。特に男性にはね」
「……つまり教会関係者ですか? どうしてそんな方が僕を−−−?」
思いっきり顔をしかめて言った。
ここは教会の内部の小部屋。
教会付き騎士たちが会議をしたりするのに使われる部屋で、今はイザベラとユリアスしかいない。
聞かれないよう、部屋には鍵をかけ、扉も窓も締め切ってある。
「直接聞きたいことがあるそうだ。でも、公に会うことはできない」
「絶対何か巻き込まれそうな気がするんですけど……もうこれ以上問題を起こして、魔導家の品位を落としたくないんです」
「ユリアス殿は自分の運命を知りたくはないのかい?」
いたずらっぽくイザベラがユリアスの鼻の先で人差し指をくるりと回す。
その口元には笑みが溢れている。
「この世界は偶然なんてありえない。あるのは必然だけだ。私たちが出会ったのだって全て必然だそうだよ」
「つまり運命に僕らは踊らされているだけと?」
「まあ、そんなところだよ。だから絶対君は私のこの提案を受け入れて、その方に会いに行くよ。ユリアス殿もきっとその方に聞きたいことがあるから」
昨日ラザフォード殿下に聞きたくとも聞けなかったことがある。
それはずっと心に今も引っかかっている。
でも今となっては直接聞くことはできない。
ユリアスは静かに息をすって吐き、天井を仰ぎ見る。
そして、視線をゆっくりイザベラに戻し、頭の中に浮かんだ人物を言った。
「その方はサキヨミの巫女様ですね」
「ああ、正解だ」
彼女ならもしかしたら、自分の知りたい真実を知っているかもしれない。
ゴクリと唾を飲み込み、もう一度深く深呼吸してみる。
川を流れるように生きたいとは思うが、他人の手のひらで転がされるのは好きではない。
最近とてもそう思うようになった。
だから、どうしても自分の知らない真実を知りたい。
「私の提案を飲むだろう?」
そう言い放ったイザベラは満面の笑みだった。
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(ああ……絶対……絶対バレませんように……)
イザベラに誘導されながら、本堂の白い廊下を歩いて行く。
廊下の窓は全てステンドガラスがはめられていて、一枚一枚色のテーマが違う。
「綺麗だろう? これは一年の四季を表現しているんだそうだよ」
手汗がにじむユリアスとはうって変わって、イザベラは余裕の笑み。
さっきからずっと心臓がバクバクとうるさく全身に鳴り響き、イザベラの声なんか聞こえやしない。
初めて入るユリアスの為に親切に内部の装飾を解説してくれるが、目立ちたくないので黙って歩いてほしいと心で叫ぶが、そんなユリアスの気持ちなんでイザベラは全く察してくれない。
そんな彼女は、近くを教会付き侍女が通るたびに、正体がバレないように俯くユリアスを見て、「大丈夫。どこからどうみたってバレはしないよ。こそこそしている方が怪しまれる」とダメ出し。
(そんなこと言われたって……)
足元がスースーして落ち着かないし、履き慣れていないヒールの靴はとても歩きにくい。
頬に当たる黒髪もムズムズして気になってしまう。
さっさとこんな場所から立ち去りたくて仕方がなかった。
こんな姿、知り合いに見られでもしたら、一生が終わる。
ってか、男子禁制の場所に入った罪で、監獄行きだ。
ユリアスは廊下の鏡に写った自分の姿を見て、心のそこから泣きなくなった。
天国の両親……ごめんなさい……
そう、イザベラが出してきた条件というのは、「女装してサキヨミの巫女に会いに行く」というものだ。
教会内部の本堂においては男子禁制だが、サキヨミの巫女自身もまた皇族でもない男性を呼びつけ会うことは禁止されている。
だから、このような形でしか会えないとのこと。
幾ら何でも無謀だと主張したが、結局、機会を逃すと後悔すると言いくるめられてしまったのである。
ユリアスと同じような背丈の侍女から神職付き侍女がイザベラの合図で部屋に入ってきて、ユリアスに制服を着替えさせ、化粧とカツラを施した。
王宮内の侍女の制服は、膝が隠れるくらいの丈で動きやすいようにスカートの形もふんわりとAライン仕様だが、色もデザインも部署や役割によって異なっている。
一方、神職付きの侍女の制服は、見慣れた王宮内の侍女のものとは違って、スカートの丈は足のくるぶしぐらいで、スカートをあまり翻さないように作られている。
ワンピースのベースの色は紺色で、大きい丸襟は白、シスターの着ている服とそう変わらないデザインだ。
スカート丈が長くて本当によかったとユリアスは胸をなで下ろす。
「イザベラさま、どうですか?! 最高傑作ですわぁ〜!」
「うん! やっぱり私の見立ては正しかった! これなら絶対バレない」
「もう少し、ルージュは上向きに引きます? 頬紅も?」
「ああ、そうだね。可憐な感じで頼むよ」
「ちょっと、人の顔で遊ぶのやめてください!!」
「遊んでなどいません。これはミッションです! ユリアス様をサキヨミ様までお届けできるかがかかっているのです!」
「そ、そうですけど……」
「いいですか? あまり大股で歩かないように、大きな声も出してはいけませんよ?」
「は、はい」
とりあえず、近くにイザベラがいてくれるらしい。
それにしても、どうしてサキヨミの巫女が会いたがっているのだろう?
ユリアスは周りに注意しながら、イザベラの後ろ姿をじっと見つめた。
一つに束ねられた黒髮が揺れている。
彼女はサキヨミの巫女と近しい関係なのだろう。
こんなことを頼むサキヨミの巫女は一体どういう方なのか……




