嘘と真実④
「シュナイゼル殿下、どうやらラザフォード殿下の元から彼は去ったようです。荷物を持って去っていくあの少年を見たものが何名かおりますゆえ……」
「そうか。わかった。報告ご苦労」
「失礼いたします」
いつもはこんな報告程度で労いの言葉なんかかけない第二皇子だから、何かいいことがあったのだろう。
そばで控えている侍女や側近たちはそう思った。
誰が見ても、今の彼は上機嫌そのもの。
今まで報告し損ねてたことも今なら報告できそうだ。
「ハインツ、お前はあの少年を口説いてここへ連れてくるのだ」
「あの少年とは、ラザフォード殿下の側仕えですか? な、なぜです?!」
「私の側仕えとして置くのだ。あやつは色々と使えるからな」
「それはつまり……私を……」
シュナイゼルの側仕えであるハインツは青い顔をしながら、口をパクパクしてそれ以上言葉を出すことはできない。
そんな彼の姿をみて、シュナイゼルは笑い声をあげた。
「お前、今解雇されると思っているのだろう? 私はあの冷血な兄上のようなことはしない。安心しろ」
「ほ、本当ですか?! ありがとうございます!」
涙目で自分に首を垂れる。
その姿を見たシュナイゼルは、満足げに「だからちゃんと働くように」と一言付け加えた。
ハインツは商導家の次期当主候補なのだが、王宮と商導家の繋がりを強化する為に送り込まれた。
だから、こんなタイミングで解雇され領地に戻るわけにはいかない。
現当主のウォルター・ナイトレイは他の公爵家の当主に比べ若く、その座について日も浅かった。
何もない限り、しばらくはその座も開くことはないので、のんびり過ごすより領地の為に働けとウォルター自身から言われているのだ。
第一皇子とはうって変わって、第二皇子に使える側仕えはハインツを含め5人。
それぞれの側仕えに担当を与え、業務を分担させている。
ハインツは側仕えの中でも一番近くでシュナイゼルに仕えて、それぞれの側仕えのまとめ役として認識されているのだが、実際は側にただ控えているだけというポジション。
でも、それこそ皆にシュナイゼル殿下のお気に入りだと認識させる絶好の役で、簡単にみんなの信頼を集めることができ、時期当主への道を固めていける、なんともまあ美味しい地位なのだ。
「殿下、あのケインとかいう教会付き騎士はほっといていいのですか?」
「ああ、あいつは平気だ。こちら側に入ったから。サキヨミの巫女も手に入れたしな」
「さすがです、殿下! これで次期皇帝はシュナイゼル殿下で間違いないですね!!」
両手をあげて喜ぶ側仕えに対し、一番の側近であるコーエン・アーバントが「声が大きい、慎みなさい」と制した。
「まあ、いいじゃないか。そう怒るな、コーエン」
「はい……失礼いたしました」
「まあ、お前の言う通り油断大敵ではある。そう言う意味ではハインツは爪が甘いから、気をつけるように」
「はい、殿下。気をつけます!」
忠実な僕は恭しく左胸に右手を添えて言った。
「では、そろそろ最終段階に入ろう。タイムリミットも迫っているしな」
第一皇子は余裕の笑みを浮かべて言った。
*********
皆が寝静まった真夜中に、神殿へと続く暗い廊下を進む人影があった。
廊下を突き抜け、パティオと呼ばれる中庭を通り過ぎていく。
中庭の先は外部の者が簡単に出入りできないようにしてある2メートル以上ある白い壁しかなく、昼間から止むことはなかった雨は今もなお降り続いているが、そんなに大降りではない。
もちろん月も出ていないので、あたりは真っ暗。
彼の目は点在する警備用に灯されているランタンの灯だけが今は頼りだった。
その人物はあたりに誰もいないことを確認すると、壁にはめ込まれている鉄格子を簡単に外し、その隙間からするりと壁の向こう側へ渡った。
壁の向こうは、一面薔薇が植えられている薔薇園。
今はもう季節ではないから、花一つつけていないが、それは外部からの侵入者を拒むように針を尖らせ茎を伸ばしている。
その人物はその針が服に引っかからないよう気をつけながら、薔薇の間を潜っていく。
その頃にはもう目が暗闇に慣れたようで、灯がなくとも目的の場所を目指すことができた。
ここは男子禁制。
見つかったらすぐ処刑されるだろう。
細心の注意を払い、中へ中へ進んでいく。
サアサアと雨音が響くこの場所には誰もいない。
監視役の神官たちも、この時間は別の巡回に行っていることは把握済み。
あとは時間内に相手が来てくれるがどうか……
薔薇園とバルコニーの境の階段の影に隠れ、じっとその時を待った。
「ケイン……」
頭上から懐かしい声が聞こえた。
かすかに薔薇の香りがする。
こんな体質は嫌だと思っているが、人よりも何倍も鋭い嗅覚と視覚はこういう時にありがたい。
バルコニーから黒いローブを被って階段を降りてこようとするので、慌てて止める。
「お嬢様、こちらへ来てはなりません。風邪を引いてしまいます」
「かまわないわ。むしろ、雨だからそっちへ行っても大丈夫でしょ。音も匂いも消してくれるわ」
そう言いながら、階段を降りて自分の元にやって来た彼女。
数年前までは同じ屋敷で兄弟のように暮らしていた彼女は今、手の届かない存在になってしまった。
「お嬢様……」
「ケイン、二人の時は名前で呼ぶって約束したでしょ?」
頬を膨らませムッとしたその顔も愛おしい。
昔と変わらない、自分に向けるその声も表情も全てが愛おしい。
「そうだったね。シルフレイア……」
そう言いながら、彼女の前髪についた雫を払った。




