嘘と真実②
結局、自分が知りたかった真実は何もわからなかった。
父の死の真相も、小麦泥棒を追った結果の行き着く先についても、何もかも……
残ったのは喪失感だけ。
何を失ったのかはよくわからないけど、ものすごく体も心も重かった。
とりあえず、自室の荷物をまとめ、東宮を後にし、トボトボと行くあてもなく廊下を歩く。
(馬はあるから、雨が止んだら領地へ帰ろう。それまで食堂にでもいればいいか……)
廊下をすれ違う役人や侍従、兵士たちがユリアスの姿を見て足を止めるが、そんなことは全く気にならなかった。
虚ろな瞳には周りを気にする余裕はなく、ただ床を見ているだけ。
途中顔なじみの侍従がユリアスに声をかけたが、その声も彼の耳には届かない。
そんな様子を察して、一同はそっとしておくことにし、自分たちの業務に戻っていく。
「ユリアス、どうしたんだ? お前、ずぶ濡れじゃないか? あ〜、侍女がせっかく拭いた廊下をまた汚して〜」
まだポタポタとユリアスの服から雨水が滴っていて、廊下に後を残していた。
そんな様子をからかいながら、レイフォードがこちらの気分なんかお構い無しに近づいてきた。
さすがはラザフォード殿下の側近−−−こちらの都合なんか察することはしないようだ。
ユリアスは無視して通り過ぎようかとも思ったが、それが返って面倒なことになりそうだったので、仕方がなく応対することに。
「レイフォードさん、僕はたった今、ラザフォード殿下の側仕えを辞めました」
ユリアスはレイフォードの目を見据えて言った。
彼は別に驚いた様子もなく静かに「そうか……」とだけ言った。
伝えるべきことは伝えたから、その場を去ろうとユリアスは足を踏み出そうとした。
「ユリアス、お前は本当にそれでいいのか? 何も知らないまま、真実に蓋をして」
「どういう意味ですか? あなたも彼と同様グルなんですね」
抑えていた感情がまた溢れだし、ユリアスの口調はどんどん冷ややかになっていく。
「グルかぁ……そうだな。ラズとは切っても切れない鎖で繋がれてるからな。だから、あいつの事も理解してやってほしいと思ってるんだ」
「それは無理な願いです。もう僕は疲れたんですよ。あの人に振舞わされるのは! 父を殺した人とは一緒に痛くはない!」
「お前の父親を殺したのはあいつじゃない!」
「さっき、本人から聞きました。自分のせいで死んだって……その理由も説明してはくれなかった」
「今のお前には言えないんだよ」
「なんで、殿下と同じ事をあなたも言うんですか!? 僕はずっとずっと事故だって聞かされてきた。なんであの時本当の事を言ってくれなかったんだ!」
「じゃあ、幼いお前に本当の事を伝えたら何か変わったのか? お前は今のお前でいられたのか?」
気づけば、レイフォードに肩を掴まれていた。
その口調も目も攻めるどころか、幼い子どもをあやすよう。
「今は距離を置いて一人で考えたほうがいい。俺から詳しいことは言えない。でも一つだけ言えることがある。お前は−−−−−−−−−」
耳元で囁かれたその言葉で、ユリアスは目を見開いた。
眉をしかめ、呆然と立ち尽くすユリアスの腕をレイフォードは強引に引っ張って、人目につかない廊下を選びながら黙々と歩き出した。
彼が目指した場所は東宮の敷地内にはあるが、皇子の住まいからは少し離れている自分の自室だ。
皇子付きの侍従の部屋と同じ建物で、城からは直通の廊下がなく、薄いベージュの壁に簡素な彫刻が掘られているあたかも宿舎という雰囲気の作りだった。
今日みたいに雨が降ると、傘を借りて行くしか方法はないのだが、今はそんな余裕はない。
雨に濡れながら口を閉ざし、死んだ魚の眼をしているユリアスを引き連れて行くその様子は、まるで説教をする先生とこれからこっぴどく叱られる生徒で、通り過ぎる侍従たちの注目を集める。
「おい! 床が濡れるから、とりあえずここで待て!」
そう言ってレイフォードはユリアスを入り口で立たせたまま、自分はスタスタと中へ入っていった。
入り口を入るとそこは共同スペースのようで、誰もが使えるソファやテーブル本棚など一般的な家具が置かれていて、宿屋のロビーのようだ。
もちろん照明や壁に掛けられている絵などはいいものだろうが、王宮の中のきらびやかなものとは全く違いいたってシンプルなデザインで普段のユリアスにとっては好感が持てるはずなのだが、何も感じない。
今すぐここから去るべきだ−−−もう一人の自分が囁いているのにうまく足が指令を聞かない。
こんな所に連れて来られて、結局世話になってしまったら、側仕えを辞めた意味がなくなる。
もう、あの人に関わりなくなくて職を辞したのに……
自分が一体何をしているのか、これからどうするのか、頭の中のもう一人の自分がさっきから同じことを問いかけてくる。
もううんざりだった。
父親とラザフォードの関係性についても、それを隠している理由も、自分がラザフォードを信じきれないでいるのも、全てが−−−
居間の中央から両サイドに伸びている階段の右から、レイフォードがタオルを持ってやってきた。
そして、ユリアスに投げてよこす。
「とりあえず、今日のところは休んだ方がいい。部屋を用意したから」
「どうして、いつも助けてくれるのですか? 僕はもう殿下の側仕えではありません」
「お前、俺の弟に似てるから、ほっとけないんだ」
「弟がいるんですか」
「もう死んでしまったが」
「……すみません」
「別に謝ることはない。ほら、早くしないと風邪引くぞ」
ユリアスはレイフォードの好意をありがたく受け取ることにした。
用意された部屋で濡れた体を拭き、着替える。
体は自分が思っていた以上に冷えているらしく、今になって指先から震えが伝わる。
雨は未だに強く降っている。
この調子じゃ、今日はずっと雨だろう。
止まない雨はないというが、果たして本当だろうか……
溜まっていたものが全てなくなってカラカラになるまでどれぐらいかかるのだろう……
気づけば、ユリアスの頬に一粒の涙がつたっていた。




