それぞれの役割⑦
ユリアスは薬室を後にし、急いである場所へ向かう。
全身の血流がどくどくと脈打つのがわかるぐらい、興奮していた。
ずっと引っかかっていたことが、ここでもまた引っかかる。
いや、これはヒントなのかもしれない……
与えられた問題の答えは、喉まで出かかっているが、証明するには何かがまだ足りない。
それを探さなければ、問い詰められない……
考えごとをしながら歩くと、ろくなことが起きないのだが、残念ながら気づくには遅すぎた。
「うわっつ! す、すみません……」
「気をつけろ! 殿下の御前だぞ!」
「申し訳ございません」
興奮して俯き加減で歩いていたユリアスはあろうことか、王宮で一番ぶつかってはいけないお方にぶつかってしまったらしい。
視線を少しあげると、そこには第二皇子が。
その横を、側近と、見たことのある側仕えが固めていた。
「お前、この間の−−−」
「ハインツ、この者を知っているのか?」
「あ、はい。シュナイゼル殿下、この者はラザフォード殿下の側仕えでございます」
「兄上の? そうか……」
ハインツが明らかにこちらを汚いものを見るかのような目で見てくるので、父上からもらった大事な眼鏡の賠償請求をしたくなったが、今は第二皇子の前−−−ここはグッと堪える。
シュナイゼルもまた、ユリアスの頭のてっぺんから爪先まで、舐めるようにじっくり観察していく。
気まずそうに、ユリアスは俯いたまま、早く解放してくれと心の中で叫んだ。
「お前、名前はなんというのだ?」
「ユリアス・ウィーゼントと申します、殿下」
「ユリアス、私と一緒に来なさい」
「え?」
「殿下? これから議会の準備をしなければならないのでは?」
「それぐらい、お前たちでできるであろう? お前たちは先に行け。私はユリアスに話があるのだ。さあ、早く!」
「……かしこまりました」
ハインツはユリアスをキッと睨みながら、側近と共に角を曲がっていった。
この場にいるのはシュナイゼルとユリアスのみ。
戸惑うユリアスに、シュナイゼルは笑みを浮かべ「私と少し話そうではないか」と誘った。
嫌な予感しかしないが、相手は皇子−−−ユリアスには選択肢はない。
*********
初めて入る西宮は、ラザフォードのいる東宮とは、まるっきり雰囲気が違った。
東宮を色で例えるなら、黄色とかオレンジどか、光を放つ明るい色彩。
それに対し、西宮はどこか寂しげな色の深い青とか濃いえんじ色だ。
これは本人の好みなのだろうか?と、ユリアスはあたりを見回し思った。
人払いをしているのか、世話を焼く侍従や侍女たちが見当たらない。
ユリアスが通された部屋は、少し薄暗い部屋で、そこまで広くはなく、中央にテーブルセットが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
てっきりゴージャスな部屋しかないと思っていたので、ホットする。
ユリアスは確かに公爵家出身だが、魔導家は他の一族に比べ庶民派なのであまり豪華な食事や装飾には免疫がない。
だから、どうしてもそういうものに出くわすと緊張し身構えてしまうのだ。
そうでなくとも、相手は自分の主人と対立している第二皇子−−−
なぜこの急いでいるときに出くわしてしまうのか−−−?
ユリアスは、自分の運の悪さに苛立ちを覚えた。
「座りたまえ。兄上の側仕えというのは本当なのだな? 出身は?」
「はい。魔導家でございます」
「魔導家か。兄上の側仕えはみんなすぐ辞めたと聞いているが、お前はどうして辞めないのだ?」
その質問がきても予想外にはなるが、さすがにこれは返答に困る。
ユリアスは、できる限り困っていることをアピールしながら「どうですかね……私にもわかりません」とだけ答えた。
「兄上はお前を特別だと思っているのか。お前は何か特別な力でもあるのか?」
「いや……それは無いと思います。ただ扱いやすいだけでは? それか、他の人よりも体力があるとか……」
「兄上は『よほどのこと』が無い限り、自分の近くに人を置かない。それなのに、なぜ……」
眉間にしわを寄せながら、ユリアスにズケズケと質問していく目の前の端正な顔立ちの皇子は、ラザフォードとあまり顔立ちは似ていないが、性格は少し似ている気がする。
腹の中が読めないところとか、あまり配慮が無いところとか……
「私にもよくわかりませんよ。別に特別な理油はないかと。もともと、宮中へ来るのは魔導家の別の者でしたし……まぁ、色々ありまして、私が来た次第です」
「それは、本当に偶然なのか?」
「え?」
シュナイゼルは顔にかかった金色の髪の束を後ろへやりながら、首を傾けユリアスに言った。
「本当に偶然なのか、それとも必然なのか?」−−−
ユリアスは、目をパチパチと瞬かせ、目の前の皇子にはっきりした口調で「それはないです」と断言した。
「絶対に、必然なんかじゃ無いと思います。決まっていた者は参内する直前で怪我をして来れなくなったのですから。怪我をすることがあらかじめ分かっているはずが無いです。サキヨミの巫女様でも、さすがにそれは予知できないでしょう?」
「本当にそうなのか? お前が知らないだけで、あの人は何かを隠しているのでは?」
意地悪そうな笑みを浮かべ、ユリアスを挑発する。
この人の目的が見えない以上、余計なことを話すのは得策ではない。
たとえ、こちら側の情報を探りたくとも、相手はかなり手強く、今はまだ控えた方が良さそう。
ユリアスは、困ったように首を傾げ言った。
「そうかもしれないですけど、私はただの側仕えの身ですから、致し方ないでしょう。ラザフォード殿下が考えていることは、2ヶ月以上仕えた今でもわかりません。教えていただきたいくらいです」
「2ヶ月も持った側仕えはお前の他にはいないと聞いている。側に仕えることが許されているのは、旧友のカイルとレイフォード二人のみ。その二人も兄上の側で仕えるまでに色々あったのに、お前はどうやって兄上に取り入っていったのか?」
「本当にわかりません。本人に聞いてみてはいかがでしょう? 少なくとも私よりは何か掴めると思いますよ」
あははっと頭を掻きながら、おどけて見せる。
それを呆れたようにじっと黙って見つめる第二皇子と目があった瞬間、ユリアスはさすがに笑うのをやめて、背筋を伸ばした。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
ユリアスの緊張の糸がはりつめる。
「お前は欲とかプライドとかないのか? 」
今度はいきなり、目の前の皇子はクククっ……と笑い声をあげた。
何がそんなにおかしいのか、ユリアスにはさっぱりわからないが、どうやらバカにされているようだ。
どうせ、自分にはプライドも欲もないさと、心の中で悪態を付いた瞬間、ぐいっと不意に、顎を捕まれ顔を上に向けさせられる。
灰色の瞳とユリアスの青い瞳が合った。
さっきまで笑っていた皇子の瞳は1ミリも笑っていない。
「てっきりお前が『賢者』候補なのかと思ったが、それはなさそうだ。つまらないな。お前が『賢者』だったら少しは楽しめたのだが。どうやら私は兄上を過信していたようだ」
シュナイゼルは、パッとユリアスの顎にかけられた手を離し、残念そうな嬉しそうな、どっちでも取れる不敵の笑みを浮かべ、向かいのソファへ、どさっと腰掛けた。




