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それぞれの役割④

「いいのですか?」

「粘っても入れてはくれないさ。予約が入っているから」

「…………」


 レイフォードは主人の横顔を見つめる。

 いつも冷静でどんなことがあっても表情を崩さない彼だが、今は余裕がないようで、眉間に深い皺が寄っている。

 シュナイゼル殿下が来たことは、おそらく彼の中でも想定外だったのだろう。

 そして、それに対処する方法を今、超高速で考えているに違いない。


 一体何が起きているのか−−−−−−?


 何が起きているのかは、考えてもわからないが、間違いなく今「何か」が動き出した。

 それは主人の反応を見る限り、こちら側に不利なことだろう。


 レイフォードも黙って、主人の背中を見つめながら考えを巡らせる。

 その姿はなんだか高圧的で、さっきと別人のようだった。

 いつもヘラヘラと笑っているうつけの皇子が真顔で歩く姿は、誰も見たことがない。

 カツカツと二人が歩く靴音が大理石の廊下に響き、ぼさっとしていた警備兵たちが目を見開き、急いで整列、そしてビシッと皇子へ敬礼をする。

 誰も皇子の逆鱗には触れたくない−−−心の声がダダ漏れだ。



「くそっ……先を越された!」


 執務室へ戻った途端、ラザフォードは怒りをあらわにした。

 何が起きたのかさっぱりわからないカイルは、ファイルを閉じて、「何かあったのか?」とレイフォードではなく、直接主人に問いかける。


「シュナイゼルがサキヨミの巫女に会っている。おそらく『賢者』絡みだろう」

「ってことは、サキヨミの巫女は『賢者』が誰か知っているのか?」

「わからない……が、知らないとも言い切れない。何せ『サキヨミ』の巫女だからな。彼女の力がどれほどなのか私にもわからない」

「ラズ、だから、ちゃんと教会絡みの行事には出た方がいいっていったのに……サキヨミの巫女はあっち側ってことか?」

「そうなるな。まずいことになった。想定外だ。くつがえすのが難しくなる」


 珍しく慌て取り乱すラザフォードを、カイルは冷静な気持ちで見ていた。

 カイルは主人に少しは危機感を持って欲しいとずっと思っていたから、やっと本気になってくれそうで助かったのだ。

 でも、彼が慌てふためいているってことは非常にまずい状況であるのは間違いないから、そんな悠長なことも言っていられない。

 そんな中、唸り声をあげ始めたラザフォードにレイフォードが質問を投げかけた。 


「仮に向こうが『賢者』を見つけたとして、それを証明する何かがないと意味がないだろう? 」


 カイルがお茶を入れながら、「確かに!」と手を叩いて声をあげた。

 『賢者』といえど、本物かどうかどうやって見極めるかが最大のポイントになることは誰もが思っている。

 同時に『賢者』をそれぞれ連れてきたら、どうやって本物か見分けるのだろうか?


「そうだよ」と机にもたれかけながら、ラザフォードは口に紅茶を運ぶ。

 そして、一息置いた後、積み上がった書簡の一つを手に取りペラペラめくっているが、明らに読み飛ばしている感じ。

 どこか上の空の主人を見て、カイルはやっぱり先行きに不安を感じた。

 レイフォードは主人の答えるのをじっと見つめ待っている。


「でも、そんなのは簡単だ。向こうにはサキヨミの巫女がいるのだから。神の声を聞き届ける存在の巫女の声の効力は絶大だろう? 彼女が『そうだ』といえば、嘘でも本当になるだろうな。今のこの国では」

「それはつまり……」

「『賢者』が本物かどうかなんて問題じゃないってことだよ」


 彼の碧の瞳からものすごく冷たいもの感じられた。

 美しい金髪の髪をかき上げながら、淡々と告げたその言葉はものすごく重く、心にずっしりくる。

 

 そう、これは賢者を『探す』というゲームではなく、誰かを賢者に『仕立てあげる』という競い合い。

 本物かどうかなんて、きっと神様しかわからない。

 誰しもがそう思っている。

 少なくとも、あちら側の人間は−−−


「このまま、手放すつもりですか?」


 カイルがラザフォードの瞳を見つめながら言った瞬間、窓枠に寄りかかって外を見ていたレイフォードが振り返った。


「手放す気は私には無い。私にはなくても、向こうはどうかわからないな……ほんと、困ったよ。思っていたよりずっと手強いから。正直、これ以上どうしたらいいかわからない」


 笑いながら言う主人に、真剣な顔で「あなたがわかりにくい事ばかりしているからですよ!」とピシャリと言い放った。

 それにはレイフォードもうんうん……と頷いている。


「ラズ、そんな回りくどい事して何になるって言うんだ? 気づいてもらえなかったら終わりなんだぞ? 何も言わないのは相手にとってもよくないだろう? ここまで待ったんだ、向こうももう子どもじゃないから、大丈夫だろう?」

「……私は、自分からは言えない。言うつもりも無い。たとえ、それで王座につけなくても」

「それこそ本末転倒な気がするけど……」

「そうだ。向こうから気づいてもらうまで、どれくらいかかるかわからない。待てど暮らせど気づく気配すらないじゃないか」


 カイルとレイフォードが、心配しているんだ!と言う雰囲気をかもし出しながら、どこか投げやりの主人へ近いていった。


 なかなか本心を打ち明けない主人だから、この機会を逃すと、ますます何を考えているか読めなくなる。

 ぐちゃぐちゃに絡まってどこから解けばいいかわからない毛糸をほどくコツは、一本でも絡みの緩んでいるところを見つける事だ。

 見失わないよう、慎重に手繰り寄せたら、いつか解けていくはず−−−カイルとレイフォードは互いに顔を見合わせた。

 









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