薬草と陰謀⑨
「あなたがたの願いは何ですか」
「我々の願いはこの村の存続−−−小麦泥棒は我々のせいだということを、黙っていてくれないだろうか?」
「それが願いですか?」
ユリアスは再度確認した。
もっと無理難題を言われることを覚悟していたから、老婆の要求は拍子抜けだ。
これは、さっき長老に自分が提示した条件だから、問題はないのだが、何か裏があるのだろうか?
ユリアスは「裏に隠された何か」があるような気がしてならず、眉間にしわを寄せ首を傾げた。
「意外な願いだったかね? さっき、そなたが長老に言った言葉だから、そりゃそうなるね。でも、私は長老とは違う。無駄な争いをしたくはないんだ。小麦泥棒だって本当にバカげていたんだ。でも、私の力では彼らの暴走を止められなかった。本当に食料に困っていたもんだから、生きることを優先した。本当にすまなかったと思っている。でも、私に免じてどうか大ごとにしないで欲しい。ここは見てわかるように、山賊の集団だから、存在が公になればこの村は糾弾され、村は解体される。ずっと昔から守ってきたこの村を私の代で終わらせたくない。だからどうか……」
老婆はユリアスに向かって深々と頭を下げた。
小刻みに震えながら謝るその姿は、さっきまでとは打って変わって、とても小さく見える。
老婆と共に、お付きの女性たちも座り込み、頭を同じように下げた。
「頭をあげてください。僕に謝られても困るというか……」
「我が願いを聞き届け下さるなら、薬草を我々に流し、この計画を提案した者の名前を教えよう」
*******
「遅い、殿下はいつ戻ってくるつもりなんだ!!」
王宮に一人取り残されているカイルは、皇子の不在をごまかすのに大変だった。
各所から届けられる書簡の数は日に日に増え、机の上にどんどん積み上がっていくし、皇子との面会を希望する者にも適当な理由をつけて断りの連絡を入れなければならない。
しばらくの間は、風邪のためとしていたが、さすがに1週間はきつい。
侍医にも協力してもらって、裏工作をしているのだが、その侍医もカイルと同じように、多方面から皇子の病状を聞かれ、非常に困った状況に陥っているのだ。
そして、とうとう今朝、侍従長と宰相がカイルの元へやって来て、「殿下の病状はどうなんだ?」とカイルにまくし立てた。
さすがのカイルも、彼らに嘘をつくことはできなく、本当のことを伝えると、「それでもお前は殿下の側近なのか?! どんな時も主人のそばを離れるなとあれほど言っているのに、お前はなぜいつも彼の方を自由にさせておくのか!?」と一時間以上説教を食らってしまったのだ。
「まずい。今回は本当にまずいぞ……ラズ。王位継承権どころか、皇子としてここに住めなくなるかも……」
「誰が住めなくなるって?」
ひょっこり窓から現れた主人は、爽やかな笑みを浮かべ、カイルに「ただいまぁ〜」と呑気に挨拶した。
カイルはそんな主人の胸ぐらをいきなり掴みにかかる。
「ラズ、本当にお前は、俺を殺したいのか?! いくつ命があっても足りない!」
「すまなかった、本当に。で、何か問題でも?」
「何か問題でも?じゃない!! 今朝、侍従長と宰相がやって来て、お前がいないことがバレた。そしてこれに必ず参加するよう言われた、というか命じられたよ。参加しなかった時は、王位継承権争いから外すと陛下がおっしゃっているそうだ」
そう言いながら、カイルは一通の真っ白な封筒をラザフォードの胸に突きつけた。
『緊急議会の召集
11月24日 午後2時より 薔薇の間にて 』
ラザフォードは封筒の中身を見るなり、さっと机の上に放り投げ、「ホント、議会が好きだねぇ〜」なんて両手をあげてお気楽に笑っている。
いやいや、笑っている場合ではないだろう、緊急という文字が見えていないのだろうか?
カイルは信じられないという顔をラザフォードに向け、「ラズ、いい加減に自分が窮地に立たされているってことを自覚してほしい」と言い放った。
「この際、穀物の減収なんかどうでもいいだろう? 今は相手が探し出した『賢者』の存在を調べることが先なんじゃないか? シュナイゼル殿下はどうやら『賢者』らしき人物を見つけたと言いふらしているそうだ。それが本当なら、まずい……先を越されて、発表されたら……」
必死で訴える側近の言葉が聞こえているのかいないのか、ラザフォードはいつも通りの余裕の笑みを浮かべて、山積みになっている書簡を手に取り中身を確認している。
これにはカイルもお手上げだった。
時々、というか結構、ラザフォードが考えていることについていけなくなる。
側仕えをよこすように、それぞれの当主に打診したのに、過酷な仕事を押し付けた上、次々クビにしたり、ユリアスを市場に売り払ったり……
「そうだな。先に越されたら、ちょっと厄介なことになるな」
「本当にそう思っているのか? もっと深刻に考えてくれよ。ちゃんとユリアスには会えたのか? 迎えにいったのにどうしていないんだ?」
一人で部屋に入って来たから、ユリアスと一緒じゃないことはすぐにわかった。
しかし、一体彼に今度はどんな難題を押し付けたのだろうか?
こっちは猫の手も借りたいほど、色々仕事が溜まっているというのに、唯一の側仕えがいないのは死活問題だ。
そんなこちらの業務負担なんて、目の前の主人は微塵にも考えてはいない。
訴えるだけ無駄なことはカイルも十分わかっているのだが、文句の一つも言いたくなる状況だった。
そんなカイルの心境を無視して、ラザフォードは腕を組み直し言う。
「ユリアスには小麦泥棒を捕まえてもらわないと困るんだ。ユリアスが真実にたどり着くのが早いか、先に賢者を見つけられるのが早いか……時間との勝負だな……」
「なんでそこで小麦泥棒がでてくるんだ? 賢者と全く関係ないだろう?!」
「そうとも言い切れないよ。私は黒幕を捕まえたい−−−民衆を巻き込む黒幕をね」
書簡に次々サインをしながら、ラザフォードが不敵の笑みを浮かべた。
絶対、何かまた良からぬことを企んでいる−−−カイルはため息をついた。




