薬草と陰謀⑧
奥から少ししゃがれた声が聞こえてきて、マニラにも中へ入るよう催促される。
ユリアスは一歩ずつ足を踏み出し中へ入ると、目の前には老婆が鎮座していた。
年齢はさっきの長老よりも下のような気がするが、女性の年齢は見た目では計りかねる難しい問題だから、意外と年上なのかもしれない。
部屋の装飾は実にシンプルで、壁に動物とか草花が描かれたタペストリーが飾られ、小さなテーブルと椅子、そして腰丈ぐらいの棚が一つ置いてあるだけ。
床にはカラフルな糸で編まれた絨毯が敷かれている。
「そなたの名はなんと言う?」
「ユリアスです。あなたは……?」
「皆からは『オババ』と呼ばれてとるから、そなたもそう呼ぶがよい。ユリアス、そなたはこの村を救いにきたのか、滅ぼしに来たのか、聞かせておくれ」
「僕は、そうですね……。どちらでしょうか。よくわかりません。この集落があるなんて知らなかったので。あなた方次第です。僕が救うか、救わないかは」
「じゃあ、どうしたら救ってくれるのか?」
「長老にも言いましたが、僕の望みは『小麦泥棒の黒幕』の正体を知ることだけです。小麦を奪ったことについては、とやかく言うつもりはないです」
「長い話になりそうだから、そちらへ掛けなさい。ロゼア、お茶を持って来てくれ」
「はい、ババ様」
ユリアスは椅子に腰掛け、改めて目の前の老婆の姿をまじまじと見つめた。
白髪の長い髪は一つに編み込まれており、濃い紫の布をまとっている。
首には綺麗な石の玉が等間隔で紡がれているネックレスをして、両手には木で作られた杖を握りしめ体を支えていた。
ユリアスはじっと老婆のことを見つめているが、一方の老婆はユリアスを見つめるどころか、瞼を開けない。
(この人……目が……)
ユリアスはふとそう感じたが、口には出さなかった。
なのに、考えていることが伝わったのか、老婆が「ずっと昔に目を痛めてしまってね。でも大丈夫、そなたの姿はちゃんと見えている。青い綺麗な瞳も、その漆黒の髪も……」と告げた。
ユリアスは目を見開きながら、唾を飲み込む。
そして、どくどくと打ち付ける鼓動に気づかれないように、目の前の老婆の瞼を黙ってじっと見つめた。
「ババ様、残念です。この方の髪は茶色ですよ。ババ様も間違えることがあるんですね」
ロゼアと呼ばれた30代ぐらいの女性が、ユリアスの前にお茶を出しながら言うと、「髪は栗色、そう……残念だ……」と周りに聞こえるか、聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。
いたって普通の老婆に見えるのだが、明らかに普通ではなかった。
目が見えないといいながら、なにやら鋭い感性の持ち主であることは間違いない。
警戒するユリアスをよそに、老婆は続ける。
「我が願い聞き届けてくれるのかね……魔法使い。もちろん、その願いの対価は支払うつもりだ」
「どうして僕が魔法使いだと思うのですか?」
「風を呼んだだろう? それくらいわたしにもわかる。そこまで、落ちぶれてはいないよ。そなたがここへ来てから風の流れが変わったからね。それに、なんども夢で見たのだよ」
「夢……? あなたは『未来をみる』の力があるのですか?」
「ふふふ……どうだろうね。いつもじゃない。特別な時、我が一族に危機が迫っている時ぐらいしか見れない。興味があるのかい?」
「……ええ。まぁ……」
老婆はずっと目を閉じているのに、なんだかすごく、見つめられている気分だ。
なんでも見透かされているような気がして、あまり居心地はよくないし、どんなに脳をフル回転させても、この人には敵わない気がした。
「それで、願いとはなんですか? 僕にはできることとできないことがあります」
「そりゃそうだろうね。魔法は万能じゃないからね」
「あの、さっきから魔法、魔法って言ってますけど、僕は魔法が使えるなんて一言も言ってないですよね? 願いを叶えるのだって、魔法を使うとか関係ないですからね?」
「ふふふ……そなたは面白いな。どうして、そこまで頑ななんだい? まあ、確かに、厄介なことではあるが、魔導家の者なんだから、一体どうして魔法が使えることを隠す必要がある?」
「魔導家で魔法が使える人物はもう……僕以外にはいないんですよ。もし僕が、魔法が使えるなんて言ってしまったら、困る人たちがたくさんいるんです。その人たちの努力が、水の泡になってしまうかもしれない……」
ユリアスはカップを握っている手にぎゅっと力を入れた。
カップのお茶に写ったユリアスの顔は、困ったような、悲しげな笑み。
自分ではどうすることもできない事実と、それを抱えて生きなければいけない自分の運命が入り混じり、ユリアスの背に影を落としていた。
(誰にも知られたくない−−−ずっとずっと、バレないようにうまくやってきたのに……)
まさかこんなところで、初対面の相手に指摘されるとは夢にも思っていなかった。
鋭い感性を持っている相手との取引はやり難いな……と思いながら、ユリアスはそちら側の願いを一応聞くことにする。




