薬草と陰謀①
次の日、太陽が登る前にラザフォードとレイフォードは王宮へ向かった。
ユリアスは二人を見送ると、自分の小屋に戻り、保管しておいたガラスのケースを探す。
「あった……よかった念のため採取しておいて」
薄い透明なガラスのケースに入っているのは微かな黄色い粉。
市場で暴れた馬のたてがみについていた粉だ。
ユリアスの推理が当たっていれば、この粉の成分とあの甘い香りの薬草の成分とが一致するはず。
つまりこれは「小麦泥棒」の証拠である。
大事な証拠をカバンにつめ、肩からかけ、小屋を後にすると、ラジと偶然遭遇してしまった。
「あ……先輩……えっと……うわっつ!!」
いきなりラジが「お前、生きてたんだな……行方不明だって聞いて心配したんだぞ!!」と怒りながらユリアスの首に抱きついた。
「すみません、心配をおかけして……」
「ほんと無事でよかった。お前の代金ちゃんと支払われたってお頭が言ってたから、帰ってきたら祝杯上げてやろうと思ってたんだ。他のみんなも心配してる」
「ありがとうございます。でも、僕行かなきゃいけないんです。お気持ちだけありがたく頂戴します」
「なんかあったのか?」
腕の力が緩んだ隙に、ユリアスはラジの腕から抜け出し、「僕の主人がまたヘマをして……」と、それらしいことを言ってごまかした。
「お前、ほんと苦労人だな。そんな主人捨てて、こっちに残ればいいさ。お前はよく働くし、真面目なやつだからみんな気に入っている」
「ありがとうございます。でも……約束なんで。任された以上は最後までやらないと……」
「それは、お前の意思か? それとも義務なのか?」
ラジが鋭い質問を浴びせた。
主人の道楽のせいで売られたユリアスをずっと迎えにこない主人に、不信感があるのだろう。
ユリアスは一瞬、ドキッとして言葉が口から上手く出ない。
そんなユリアスに気づいているのかいないのか、ラジは質問を続ける。
「お前さぁ、もうちょっと自分を大事にした方がいいんじゃねえの? まあ、この社会では自分より上の方に誠実に仕えるのが一番の出世だろうけど、自分の意思がないんじゃ、それも意味がないだろう? お前自身が仕えたいと思える主人だったらいいが、そうじゃないなら、さっさと辞めちまえ。人生は一度きりだ」
ラジの言葉は今一番突かれたくないところをえぐってきた。
人を散々こき使っておいて、よくそんなことが言えたもんだ−−−なんて、ちょっと頭をよぎったが、自分のために言ってくれているとわかるから、ここは大人になって「そうですね、ありがとうございます」と笑っておく。
「俺はお前と同じ、ここに売られたんだ。まぁ俺の場合は親だが……」
いきなりヘビー級なカミングアウトをしてきたラジ。
これから出発しようとしているのに、いやいやちょっと待って……今そんなことを聞いてもどうすることもできないし−−−−−−と、心の中で叫んだ。
ものすごく困惑しているユリアスなんかお構いなしに、ラジは自分の身の上話を続けた。
「親は待っても待っても現れなくて、ここも今より結構ひどい環境でよ。で、売人からお頭が引き取ってくれ、借金も肩代わりしてくれた。お頭は俺の命の恩人だから、この先どんなことがあろうとも親方についていくって俺は決めてる。お頭はな、山賊にだって負けない武人だぞ! 昔はこのあたりは山賊の縄張りでしょっちゅう農民や商人が乗った馬が襲われてたんだ。で、お頭がその山賊とやり合ってからはそれもなくなったんだぜ。すげぇだろ?」
(ん!? 山賊?! 襲われていた?!)
ここにきて聞き慣れない言葉が浮上し、ユリアスは情報をつなぎ合わせる。
つまり、あの森には山賊が今でもいる可能性があるということなのだろうか?
「山賊ってそれ以来、一度も襲ってきたりしてないんですか? もしかして、小麦泥棒もその山賊のせいなんじゃ……」
「それはない。あいつらとは男同士の契約があるからな。簡単に破れるもんじゃない」
「お頭……いつから、いらしたんです?」
ラジが耳を真っ赤にしながら、慌てふためいているのをよそに、お頭はユリアスを見下ろし言った。
「お前さんは山賊の仕業だと思っているのか? それは検討ハズレだ。あいつらとわしらの間には協定が結ばれている。それを破るような奴らじゃない」
「そうですか……でも、お頭が知っている人たちじゃない山賊が現れたってことはないんですか?」
ユリアスの言葉を聞いたお頭はじっとユリアスを眺めた後、ガハハハと笑い出した。
そして、「そんな新参者が出たら、あいつらが絞め殺すだろうよ!」と勢いよくユリアスの背中をバンバン叩きながら言う。
「お前さんを含め、行方不明の兵士たちは昨日の晩にちゃんと救出されたから、心配するな。まぁ、多少意識が混濁して、怪我もしてるが命に別状はないそうだ」
「それはよかった」
ホッと胸をなで下ろしてユリアスは、もう一つ気になっていることを聞いてみる。
昨日から考えてもなかなか解けない謎がずっと頭から離れない。
「お頭、関所までの道に不可解な道を発見したんですが、それについて何か知っていることはありませんか?」
「どうしてそんなことを聞く?」
「いや……ちょっと興味が湧いて。行きは確かにもう一本道があったと思ったんですけど、帰りにはその場所にはなくなってて、まるで『魔法』だなぁ〜なんて。すごく不思議じゃないですか? 僕の見間違えかどうか知りたくて」
「お前、どうせ馬乗りながら寝てたんだろうよ。そんな道、地図にもない。あるわけない」
ラジはユリアスの額を右中指と親指でパチンとはじく。
痛った〜と額を抑えながら、お頭が黙っているのを横目で見やる。
何か思い当たる節があるようだが、何かためらっているようだ。
注意深くそんなお頭の表情を観察しながら、ユリアスは質問を慎重に投げかけていく。
「関所まで続く道って、昔、舗装されて今の道になったんですよね? 転落防止のために一本道になってるはずなのに、なぜかもう一本道があるのはなぜなのでしょう? それってもしかして……」
「お前さんの見間違えだろう。ユリアス。道は確かに全てわしらが舗装し、一本道に作り変えたんだ」
「お頭があの道を舗装したんっすか!? やっぱ仕事のできる男は違いますね!!」
ラジが横から口を挟み褒め称える。
話がややこしくなるから黙っていて欲しかったが、ラジは一応ここでは先輩に当たるし、お頭の手前上、そんな暴言を吐くことはできない。
ここは、ラジの話は聞こえないふりをして、ユリアスは、話を先に進ませることに決めた。




