峠の村⑥
ユリアスはその日、久しぶりにちゃんとした食事をすることができた。
べつに、昨日宿で出されたスープやパンが食事じゃなかったと言いたいわけではないが、テーブルにアイロンをかけられたテーブルクロスと磨かれた銀食器たち、オードブルからメインまで冷めることなく出される料理たちにありがたさと懐かしさを感じた。
主人であるラザフォードと一緒に食事をすることに抵抗があったユリアスだが、主人の命令で同じ席についた途端、料理の素晴らしさに心奪われ、気を使うとかいうことは吹っ飛び、マナー違反にならない程度に、節度を持って食事を楽しんだ。
本当は早くユリアスに話したいのだが、あまりにも美味しそうに食べるユリアスをみて、ラザフォードはデザートまで話を待つことに……
これでは、どちらが主人かわからない。
執事がポットから温かい紅茶を注ぎ、カットされたアップルパイの皿を並べていく。
「アップルパイがこんなところで食べられるなんて……」
嬉しさのあまり、思わずユリアスの口から声が漏れた。
「そんなに好きなのか?」とレイフォードがユリアスに自分の皿もよこしながら言うと、
「いや、母がこの時期よく作ってくれて……西領では今りんごの収穫で忙しいので、ずっとこの時期はりんごばっかりなんですよ」と照れながら言った。
「でも、今年は不作だから、そうでもないのかもな……」
「え?」
ラザフォードの一言にユリアスは眉をしかめた。
小麦は確かに大凶作だったが、りんごはちゃんと実るはず。
少なくともユリアスが王宮へ上がる前には、りんごの木は元気で病気になったりしていなかった。
別に天候もそう悪くないのに、どうしたのか?
「各地で作物は凶作だから、りんごの値段も跳ね上がっている。一番の産地である西領の収穫が芳しくないからね。全くこの国はどうしたんだか……なんとかしてくれよ、ラザフォード殿下」
「なんとかすしようと今頑張っているだろう? 国政が不安定だから、その影響かもしれないが……」
「国政と作物の収穫と関係があるんですか?」
ラザフォードはティーカップにミルクを注ぐ。
ミルクはゆっくりゆっくり中心に向かって渦を巻いていく。
それをティースプーンでかき混ぜながら、小さくため息をついた。
「国が荒れると自然界にも影響がでる。言い伝えのようだが、実際なんどもそのような事象が起きてきた。古代の資料も残っている。『賢者探し』が始まると国が荒れ、血が流れ、生きとし生けるものをダメにすると……」
「賢者探し……」
「ユリアス、この小麦泥棒の一件もその『賢者探し』の時間稼ぎにすぎない。あちら側は私たちに賢者から目をそらそうと画策しているんだろう。かといって、民衆の生活が犠牲になるのを放ってはおけぬだろ?」
「だから、殿下はこの件を?」
「ラズはこういうところは生真面目なんだ。自分の利益より人の利益を優先するから、いつも損ばかり。もっとうまくやればいいのにな……」
「うるさい」
ユリアスのアップルパイを切っていたフォークの動きが止まる。
主人のことを知れば知るほど、自分がどうすべきなのか、わからなくなった。
この人のためにに尽くすべきなのか否か……ユリアスの心は大きく揺れ動く。
「ユリアス、例の薬草の判別及び、出どこをお前に任せる。そう長く城をあけてはいられないから、思うように動けないんだ。頼んだぞ?」
「はい……お任せを」
命じられたことだけは必ずやり遂げる−−−
ユリアスは自分に言い聞かせた。




