峠の村④
馬に水を与えながら、ユリアスは主人の様子を伺った。
期待はしていなかったが、やはり話す気はなさそう……まあ別に言われたことだけやればいい、と言われるのが落ちだから、深く考えるのをやめ、自分も水筒の水を飲む。
「ユリアスは、私に皇帝の座について欲しいか?」
一瞬、水を吐き出しそうになる。
急になんでそんな質問するのか、何を試されているのか、ユリアスは脳内を高速回転させた。
「イエスかノーか答えれば済む話なのに、なんでそう、黙り込む?」
「ユリアスは正直者なんだよ。すぐ答えないところを察しろよ、ラズ。そういうところがお前は抜けているんだ」
「普通の側仕えはすぐ答えらえるだろう?」
「ユリアスは普通じゃないて、お前が言ってたろ? もう忘れたの?」
「忘れてないが、ここはイエスとすぐ答えるのが正解なんじゃないか?」
「そんな正解を求めてどうするんだよ。ユリアスにそう答えてもらえるように、ちょっとは自分の態度を改めるべきだ」
「お前、さっきからやけにユリアスの肩をもつな……」
「だって、本当に気の毒だからな。あっちこっち知らない場所に連れまわされて、事情もわからず、主人も迎えにこず放置プレイ……普通なら逃げ出してもおかしくない状況だろ? 一応公爵家の坊ちゃんなのに」
ユリアスが「あの、えっと……」など口を挟む余地がないほど、会話はヒートアップしていく。
ここまでこの皇子に物申せるレイフォードは、すごい人なのだと脳内にインプットしながら、カイルと同じ雰囲気を感じるあたり、皇子と幼馴染か学友なのかもしれない。
ユリアスについて口論しているのに、当の本人は会話を止めることより、分析を始めていた。
「で、ユリアス!! イエスかノーか考えたのか?!」
「へっ!? まだその答えが必要ですか? てっきりもういいかと……」
「終わっていない! さあ!答えろ! 命令だ!」
「正直に言うので、怒らないでくださいよ……」
「怒らないから、さぁ早く!」
「それは…………」
いきなり強風がユリアスとラザフォードの間を駆け抜け、地面に落ちていた枯葉が竜巻のように渦を巻いて舞い上がり、二人の間に壁を作る。
空中に舞い上がった枯葉がゆっくりと地面に戻っていくのを見上げながら、一呼吸して、ユリアスは淡々と告げた。
「どちらがなろうと、僕はどうたっていいのです。誰が王座につこうが、僕には関係ありませんから」
「…………」
予想外の返答にラザフォードもレイフォードも言葉を失う。
普通ではない側仕えの普通じゃない回答−−−
さすがにこれを本人にいうのは、どうかしているし、かなりまずい。
それはユリアス自身も思ったが、自分の心を偽っても彼にはすぐ見抜かれる気がしていたから、そんなことはお構いなく……と、腹をくくった。
何も言えずに、目をパチクリしている殿下の顔が拝めるとはね。
−−−なんて思いながら、ユリアスは言葉を続けた。
「僕にはこの国をどうしたいとか、どうして欲しいとかはないんです。ただ、魔導家の人たちと一緒に暮らせればそれでいい。僕の幸せはそれだけで十分なんです。それを叶えてくれる皇帝なら、誰がなろうと構わない」
「待て、それじゃあ、シュナイゼル殿下側に付く可能性もあるってことか?」
レイフォードがラザフォードの代わりにすぐさま質問を投げつけた。
一方のラザフォードは黙って顎に手を当てて黙り込んでいる。
「とりあえず今はラザフォード殿下の側仕えですので、任務は全うしますし、スパイ行為はいたしませんからご安心ください」
「お前、私じゃなかったら、首をはねられているぞ?」
「そうですね。こんな生意気なことを殿下に申し上げていることが侍従長にでもバレたら、即刻クビですよね。その方がありがたいんですが」
「ユリアス……そんなに嫌か? 私の側で働くのは」
日が陰ってきているからなのか、ラザフォードの表情が少し暗く、寂しそうに見えた。
ちょっと言いすぎた……かも?
「いや、その、まぁ、色々巻き込まれるので、そろそろ安定した生活が送りたいというか……別に殿下の側が嫌とかいうのじゃ、ってか距離的にも側で仕えていないんですけどね……」
「お前は誰とでもうまくやれるし、頭の回転も速いから、戦力だと思って色々な場所に送りこんでしまった。お前が直接私のことを嫌いだと言うほど、ストレスに感じでいたなら申し訳ない」
「ちょっと、殿下!? な、何をしてるんですか!? 一国の皇子が頭を下げるなんてやめてくださいよ!」
この国のナンバー2に当たる人物から頭を下げられるなんて、こんなことあってはならない!
誰かに見られでもしたら、本当に命が危ない−−−ユリアスは頭を下げる皇子を起き上がらせようと必死になった。
そんな四苦八苦しているユリアスを見て、ラザフォードとレイフォードの口から、くくくくっと声が漏れる。
「ユリアス……お前はまだまだだな」
「自分からふっかけておいて、主導権を相手に握らせるような会話の流れを作ってはだめた」
「……殿下……本当にあなたは性格が悪いです」
そう言いながら、ユリアスは地面をガツガツ蹴った。




